忘れられないプリンがあります。

山形で暮らしていたとき、平日の昼によく行っていた洋食屋さんがありました。看板メニューのカツカレーのほか、日替わりでハンバーグやオムライスなど、懐かしい味わいの定番洋食がお腹いっぱい食べられるお店。
そんなお店を取り仕切る、おしゃべり好きなお母さんがいました。私にあだ名をつけて呼んでくれたり、お店に入ったとき嬉しそうな笑顔で出迎えてくれる、チャーミングな人でした。私はすぐにそのお店とお母さんが好きになりました。

そんなお母さんがつくるプリン。
そのプリンにはじめて出会ったときの光景が忘れられません。
キッチンカウンターの上に、貫禄のあるプリンが無造作に置かれていました。無骨でありながらかわいい、濃いクリーム色の、幅30センチほどの直方体。その無傷のかたまりから、お母さんが一人前の小さな直方体を切り出してくれます。

スプーンで一口分をそっと掬って、さらに小さくなったプリンの断片を口に運ぶ。ぎゅっと濃くてあまい。
デザートは別腹というけれど、あのプリンほど、その言葉を実感したことはありません。盛りのいいランチプレートを食べた後だから、イケるかな…と一瞬不安になるのだけれど、杞憂です。一口食べると、ごくごく食べてしまう。昔ながらのかためプリンなのに、喉を滑り落ちる不思議。

プリンはいつもあるわけではありませんでした。出会えるかどうかは、地元産の卵の仕入れ状況しだい(だったはず)。だから、お母さんに「プリンあるよー」とアナウンスされると、思わず頼んでしまうのです。毎回頼むので、お母さんは私のことを「プリン好きの常連さん」として可愛がってくれました。

通いはじめて数年経ったある日。いつものように店に行ってみると臨時休業していて、それから休みの状態が続きました。しばらくして、お母さんは亡くなられたと聞きました。
その瞬間、「もうお母さんのプリンを食べることはできない」という事実が、私の中に染み込んできました。

あの異常にプリンを食べていた日々を思い出すと、なんだか笑えてきます。
実は、私は特別、プリンが好きだったわけではないのです。
お母さんが私を「プリン好き」と勘違いするほど、あの一時期、お母さんのつくるプリンに狂っていただけなのです。

私はこれからも、プリン好きになることはきっとなくて、お母さんが「プリン好き」と思っていたあの日々を愛し続けるのだろう。

「マイルーツ、マイ山形」 #7  プリン好きになる

Share.