80年前、旧日本軍の部隊からアメリカ軍のスパイとみなされ、住民20人が殺害された久米島で犠牲者を追悼し、悲惨な出来事があったことを語り継ぐ集会が開かれました。

久米島では、80年前、アメリカ軍との間で大規模な戦闘は行われませんでしたが、「鹿山隊」と呼ばれていた旧日本軍の部隊が、スパイとみなした住民20人を殺害したという証言が久米島町史などに記されています。

この惨劇を後世に伝えていく必要があるとして、地元で立ち上げられた実行委員会が、20日集会を開き、犠牲者の遺族や関係者など120人以上が参加しました。

80年前の、きのう8月20日は、終戦を迎えていたにもかかわらず、幼い子どもを含む家族7人が鹿山隊によって殺害された日で、集会に参加した人たちは当時のことを伝えるために、このたび制作されたレリーフの前で、花を手向けて黙とうし、犠牲者を悼みました。

このあと、レリーフの制作に携わった彫刻家の金城実さん(86)が「二度と同じようなことを子どもたちに経験させないため、大人たちは何をすべきか問い続けていかなければならない」と呼びかけました。

犠牲になったのは、▽降伏を求めるアメリカ軍の文書を運んだ郵便局員や、▽アメリカ軍に島の事情を聴かれた住民などで、中には別の住民が鹿山隊に情報を伝えたことがきっかけで殺害されたケースもあったということです。

このため、住民の間で多くは語られてこなかったということです。

遺族の中村清さん(64)は「ほとんど語られてこなかったため、事実かどうか分からなくなっていることもある。今回の集会のように後世に伝えていけたらいいと思っている」と話しました。

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