キーウのレーニン像が撤去されて以来、2013年から空席の台座に、近くウクライナで国民的英雄として敬愛されるコサック指導者、イヴァン・マゼーパの像が設置される可能性が浮上している。マゼーパは、1687年から1709年まで現在のウクライナ中・東部に存在したコサック自治国家(ヘーチマン国家)の首長を務めた人物だ。

キーウ市内の幹線道路が交わる交差点には、約60年にわたり高さ約3.7メートルの赤色珪岩製のウラジーミル・レーニン像が立っていた。しかし、この像はユーロマイダン革命(Euromaidan Uprising)の最中に引き倒された。ユーロマイダンの抗議運動は、その前月、当時のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領が欧州連合(EU)との協定への署名を見送り、ロシアとの結び付きを強める姿勢を示したことをきっかけに始まった。

ユーロマイダンから数年後、ウクライナ政府はレーニン像を含むソビエト時代のシンボルを法律で禁止した。ニューヨーク・タイムズによると、1991年時点でウクライナ国内には約5500体のレーニン像が存在していたが、2017年までにそのすべてが姿を消した。

6月28日、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領はキーウ・ペチェールシク大修道院で行われたウクライナ憲法記念日の演説で、キーウで撤去されたレーニン像に代わり、マゼーパの胸像を設置することを提案。また、ゼレンスキー大統領はXへの投稿で、マゼーパには、首都キーウにふさわしい本格的な記念碑が建てられるべきだと主張した。

この修道院は、マゼーパが庇護したことでも知られる。ゼレンスキー大統領は、同修道院の生神女就寝大聖堂(Dormition Cathedral)近くの敷地内でマゼーパの小型の胸像を除幕するとともに、新たな記念碑建立の構想を明らかにした。

さらにゼレンスキー大統領はXへの投稿で、「ロシアは何世紀にもわたり彼の名誉を傷つけ、ウクライナ人が自らの歴史を他者の視点から見るよう仕向け、マゼーパは裏切り者だったと国民に信じ込ませようとしてきた」と述べた。その上で、「この嘘は失敗した。永遠に失敗したのだ」と強調した。(翻訳:編集部)

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