「スター監督は短命」を覆したS・S・ラージャマウリ

世界で1、2の映画製作本数を誇るインドでは、言語ごとに幾つもの映画界が存在し、膨大な人数の映画関係者を擁している。各映画界の顔として頂点に立つのはスター俳優だが、スター俳優を中心にする映画作りが盛んな娯楽映画の世界であっても、スター監督と呼ばれる一握りの映画人が常に存在してきた。

不思議なのは、そうしたスター監督のスター性が長続きしないケースが多いことだ。彼らは4〜5作品か、長くて10年程度、トップ監督として活躍した後、徐々にフェードアウトするか、脇役俳優に転向し、その肩書きで細く長く活動を続ける(演技者としてかなり巧みであることが多い)。

S・S・ラージャマウリは、たとえばヒンディー語映画界のサンジャイ・リーラー・バンサーリー、タミル語映画界のマニラトナムなどと並び、そうした傾向の中の数少ない例外の一人であり、その中でも群を抜いて上り調子で、壊滅的失敗を経験せず、2001年のデビュー以来1作ごとにスケールアップし続けている類いまれな存在だ。

世代交代、スーパースターと歩調を揃えたデビュー、休むことを知らない映画魂

ラージャマウリが本拠地とするテルグ語映画界では、2000年前後から技術陣と演技者との両方で世代交代が起こり、同時に技術革新も進行し、アクション大作で知られる今日のあり方を準備した。

フィルモグラフィーの初期からNTRジュニア、プラバース、ラーム・チャランといった現在のスーパースターたちが主演を飾るが、これはラージャマウリがデビューしたての彼らと歩調を揃えて成長してきたことを示す。そして次回作『Varanasi(原題)』(※日本公開:2027年)で、これまでなぜか接点がなかった別格の大スター、マヘーシュ・バーブと組んで空前の規模の大作に取り組むに至っている。

彼のキャリアを眺めてみると、まず2001年のデビュー作『Student No: 1』(原題/未)から2006年の『ヴィクラマルクドゥ 勇者継承』にいたる5作品により、テルグ語映画界における気鋭の新進監督としての地位を確立した。それを可能にしたのは、ユニークなストーリー、観る者を引き込む語りの巧さ、きめ細やかな演出、ビジュアルにおけるイマジネーションの豊かさなどだった。

そして潤沢な予算を獲得できるようになり、続く『ヤマドンガ』(2007年)、『マガディーラ 勇者転生』(2009年)では非現実的で壮大な空間をVFXで作り出す実験に乗り出し、みごと成功させた。この2作品で磐石の地位を築いた彼が、次の野心的プロジェクト開始の前にリラックスしたいと考えて選択したのは、休養することではなく小品『あなたがいてこそ』を撮ることだったというのが、その映画魂を物語る。

古典テルグ語映画は「声」が命? NTR Jr.主演のラージャマウリ監督作『ヤマドンガ』から“パディヤム”を学ぶ

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ラーム・チャラン『ランガスタラム』&NTR Jr.『アラヴィンダとヴィーラ』 深化するテルグ語映画を『RRR』コンビの主演作から知る

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多言語展開、『バーフバリ』誕生、「汎インド映画」
日本での大ヒットから、『RRR』を携え〈世界〉へ

続く『マッキー』(2012年)で彼が取り組んだのは、一層のVFX活用の試みだけではなく、多言語展開により作品が届く市場そのものを広げようとすることだった。これは一定の成果を上げ、市場拡張の最大のターゲットである北インドのヒンディー語圏への足がかりを得た。そのノウハウを活かしつつ、彼が愛してやまないヒンドゥー教叙事詩の世界観を取り込んで創作した英雄物語『バーフバリ』2部作(2015年/2017年)は、怒涛のヒットとなっただけではなく、全5言語版のうちでヒンディー語版が稼ぎ頭となった。

このヒットをきっかけとして「汎インド映画」という言葉が生まれて流行した。また本作をきっかけに、合計で6時間近くにもなる2部構成の超大作が盛んに作られることになった。同シリーズは2018年から日本でもファンを多く生み、ラージャマウリが来日しての舞台挨拶までもが実現。インド系の住人の比率が高くない日本でのヒットは彼にとって予想外であったらしいが、マサラ上映などの独特な鑑賞行動、“推し活”的な息の長い応援スタイルに感銘を受けたようで、それ以降も気軽に来日を繰り返すようになった。

そしてこれ以降、彼が見据える先は「汎インド」を超え「世界市場」にシフトし、次作『RRR』(2022年)が米アカデミー賞最優秀歌曲賞を獲得したことで、着実な一歩を踏み出した。2027年公開予定の『Varanasi』は、予告動画のお披露目をイベント化して世界のプレスに向けて挙行するなど大掛かりで、本編は全世界注目の中での封切りとなることが予想される。

“家業としての映画作り”を支える奇跡の映画一家「ラージャマウリ組」

こうした軌跡を常に支えてきたのは、「ラージャマウリ組」とでも呼びたい非俳優の映画関係者で固められた親族である。伯父シヴァ・シャクティ・ダッタは作詞家、父V・ヴィジャエーンドラ・プラサードは脚本家で、この2人が、それまでは裕福な農業家だった一族の映画界入りを牽引した。

そして12歳年上の従兄M・M・キーラヴァーニは作曲家、妻ラマーは衣装デザイナー、養子カールティケーヤはプロダクションマネージャー、他にも歌手・脚本家・VFXアドバイザーなどがおり、まさにテルグ語映画界に特徴的な映画一家を地でいくものだが、他の映画一家と違うのは、スター俳優を擁しておらず、裏方のクリエイティブ部門の人間だけで固めていることだ。

実際にラージャマウリ家は一丸となってひとつの作品に取り組むことが多い。西欧的な個としての芸術家像とは離れた、「家業としての映画作り」が奇跡のように完成したのは、要となる監督ラージャマウリが成功したからで、現在はラージャマウリ自身がスター俳優を超越したカリスマを持つに至っている。

 

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「カメラには映らないが、名優でもある」
ファンが抱く“ジレンマ”と、次回作が示す“究極の目標”

ラージャマウリが自作の演出にあたって、アクションも含む個々のシーンを必ず自ら演じて見せるというのは有名な話で、NTRジュニアによれば「カメラには映らないが名優」なのだとか。ファンたちは、彼の本格的演技をスクリーンで見たいという欲望と、冒頭に紹介したジンクスにある監督廃業の事態、そこまではいかないにしても監督作の遅延や減少があったりしては困る、という思いとのジレンマを味わうのだ。

次回作『Varanasi』はヒンドゥー教叙事詩「ラーマーヤナ」を部分的に取り込んだものだという。そしてさらにその先には、究極の目標と自ら語る、もう一つの叙事詩「マハーバーラタ」の映画化があるのだろう。そのフォトジェニックな容貌を活かした本格的な演技を目にするのは、まだまだ先になりそうだ。

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文:安宅直子

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