本研究成果のポイント
海の生き物「カイメン」から見つかった抗真菌物質「セオネラミドA」が、酵母の細胞を守る壁(細胞壁)を異常に厚くする仕組みを明らかにしました。
細胞壁が厚くなるのは、壁の材料となる物質(1,3-β-グルカン)が必要以上につくられるためであり、その原因は材料をつくる酵素が同じ場所で働き続けることでした。
この仕組みをさらに解明することで、真菌に効く新しいタイプの抗真菌薬の開発につながることが期待されます。
論文情報
・雑誌名:iScience
・論文名:Ectopic overproduction of cell wall glucan through membrane perturbation by an antifungal peptide theonellamide A in fission yeast
・著者名:Kensuke Nakao, Vanessa S. D. Carvalho, Akifumi Suganaga, Masako Osumi, Masato Tokukura, Hideaki Kakeya, Akihisa Matsuyama, Yoko Yashiroda, Shigeki Matsunaga, Juan C. G. Cortés, Minoru Yoshida, Juan C. Ribas, Shinichi Nishimura.
・掲載日時:2026年10月1日
・DOI:10.1016/j.isci.2026.117645
概要
広島大学大学院統合生命科学研究科の西村慎一 教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の大学院生 中尾拳典と菅長昭文、理化学研究所環境資源科学研究センター 創薬シーズ開拓基盤ユニットの吉田 稔 ユニットリーダー(東京大学特別教授)、スペインサラマンカ大学を中心とする研究チームは、海洋に棲息するカイメンが含有する抗真菌ペプチドであるセオネラミドA(※1)が分裂酵母(※2)の細胞壁を異常に厚くする仕組みを明らかにしました。
細胞壁が厚くなる主な原因は、細胞壁の主要成分である1,3-β-グルカン(※3)が過剰に蓄積であることが分かりました。また、その背景には、グルカンをつくる酵素が細胞の先端や細胞分裂が起こる場所に長くとどまり続けることが関係していることを明らかにしました。さらに、細胞の形や成長方向を制御するタンパク質「Cdc42」(※4)が、この現象に関与している可能性も示されました。
本研究成果は、2026年10月1日に米国科学誌「iScience」に掲載されました。
背景
真菌感染症には、水虫などの身近な病気から、肺や血液などに感染し重症化する病気まで、さまざまなものがあります。特に、体の深部に感染する真菌症は重篤になることがあり、世界的にも大きな問題となっています。治療薬のレパートリーが限られていることがその一因であり、新しい医薬品の開発が求められています。研究チームはこれまで、カイメン由来の天然物であるセオネラミドAが細胞膜脂質のエルゴステロールに結合して抗真菌活性を発揮すること、分裂酵母(酵母の一種で研究用のモデル生物)においては真菌細胞壁の著しい肥厚を引き起こすことを報告していました。しかし、どの細胞壁成分が増加するのか、またどのような機構によって細胞壁肥厚が生じるのかは明らかになっていませんでした。そこで本研究では、セオネラミドAによる細胞壁肥厚の実体と分子機構の解明に取り組みました。
研究成果の内容
分裂酵母の細胞壁を形態学的、生化学的に解析したところ、セオネラミドAによる細胞壁肥厚は細胞表面の異常を伴うことなく細胞内側に細胞壁成分が蓄積していること、その主成分は1,3-β-グルカンであることが明らかになりました(図1)。次に、その原因を調べるために1,3-β-グルカンを合成する酵素の挙動を解析しました。すると、セオネラミドAによって酵素活性が上昇しているわけではなく、合成酵素が本来より長時間にわたって細胞先端や隔壁形成部位に存在することが原因と判明しました。通常、1,3-β-グルカン合成酵素は細胞が伸長あるいは分裂する部位で必要な時間だけ機能することで、適切な量のグルカンを合成します(図2)。しかしセオネラミドAを処理することで局所的なグルカン合成が継続し、細胞壁肥厚が引き起こされると考えられます。
セオネラミドAは細胞膜の脂質成分であるエルゴステロールを標的にしています。そこで、エルゴステロールと1,3-β-グルカン合成酵素の異常な持続的局在との関連を明らかにするため、組織的なタンパク質局在解析を行いました。すると、細胞極性制御に関与する複数のタンパク質が細胞壁肥厚部位に局在・蓄積することが観察されました。そこで細胞骨格の構築や膜輸送を含む細胞極性の制御因子であるCdc42の関与を調べたところ、細胞壁肥厚部位ではCdc42が活性化していることが示されました。すなわち、セオネラミドAがエルゴステロールに結合することで細胞膜の異常が引き起こされ、未解明なメカニズムでCdc42が活性化され、その下流で1,3-β-グルカン合成酵素の過剰な輸送が起こっていると考えられます(図3)。
今後の展開
本研究により、セオネラミドAが引き起こす細胞壁肥厚の実体と、その際に生じる細胞壁合成酵素の局在異常が明らかになり、分子機構としてCdc42の関与が示されました。この結果から、以下の展開が期待されます。
まず、細胞膜の異常がどのようなシグナルとして細胞内へ伝達され、Cdc42の活性化や細胞壁異常合成が起こっているのかは依然として不明です。そこで、セオネラミドAを用いた解析により、細胞膜の異常を感知するシグナル伝達系の解明が可能になります。
もう一つは、治療薬開発への貢献です。グルカン合成能が低下した変異株はセオネラミドAに高い感受性を示します。このことは、細胞壁の異常合成は細胞を守るストレス応答の一環である可能性を示唆しています。真菌に特有の細胞壁の恒常性を制御するシグナル伝達系の発見は、新しい作用機序を持つ抗真菌薬開発につながると期待されます。
参考資料

図1.細胞壁肥厚の電子顕微鏡観察像.
透過型電子顕微鏡を用いた観察から、セオネラミドAを処理した細胞では、細胞の先端(白抜きの矢頭)や細胞分裂部位(塗りつぶしの矢頭)に、壁成分の蓄積が観察された。細胞壁成分の蓄積は薬剤を添加しないコントロール条件では観察されない。スケールバーは1μm。

図2.1,3-β-グルカン合成酵素の蛍光顕微鏡観察.
薬剤を添加しないコントロール条件下では、1,3-β-グルカン合成酵素(Bgs1)は細胞周期の進行に伴って、細胞先端あるいは分裂部位に限られた時間のみ、局在する。すなわち細胞が長軸外側方向に伸長するとき、Bgs1は細胞先端に局在して細胞壁を合成する(コントロール、0-32分)。細胞分裂するとき、合成酵素は細胞の中央付近に局在して細胞壁を合成する(コントロール、40-88分)。2つの細胞を隔てている隔壁を消化することで、2つの細胞に分離する(コントロール、96-120分)。顕微鏡観察ではBgs1に緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合したものを発現して検出している。
セオネラミドAを処理すると、細胞先端(白抜きの矢頭)や細胞分裂部位(塗りつぶしの矢頭)にBgs1が局在し続け、細胞分裂が開始出来なかったり(上段)、分裂部分が異常に肥厚したりすることで(下段)、増殖が抑制される。

図3.抗真菌化合物セオネラミドAによる細胞壁肥厚のモデル図.
セオネラミドAは細胞膜脂質のエルゴステロールに結合し、Cdc42の活性化、グルカン合成酵素の持続的な局在、そしてグルカン蓄積を引き起こす。Cdc42の関与の検証、特に膜異常によるCdc42の活性化メカニズムの解明は今後の課題である。
用語説明
※1 セオネラミドA
海洋に生息するカイメン(海綿動物)から発見されたペプチド化合物。真菌の細胞膜成分であるエルゴステロールに結合し、強い抗真菌活性を示すことが知られています。また、ヒト細胞に含まれるコレステロールにも結合し、細胞毒性を示します。ステロールに特異的に結合すること、ユニークな細胞形態変化を誘導することから、ステロールの機能解析に利用することが出来ます。
https://www.riken.jp/press/2010/20100614/
https://www.riken.jp/press/2015/20150525_1/index.html
※2 分裂酵母
均等分裂によって増殖する酵母の総称。本研究で用いたSchizosaccharomyces pombeは真核生物のモデル生物として利用されており、ヒトに保存される生命現象の解析や、抗真菌剤の作用解析などに用いられています。
※3 グルカン
グルカンは真菌の細胞壁の主要成分であり、細胞の形の維持や、外部からのストレスから細胞を保護する役割を担っています。化学的にはグルカンはグルコースが多数つながってできる多糖類の総称であり、繋がる方向によってαやβ、繋がる部位によって1,3や1,4などに分類されます。分裂酵母は1,3-β-グルカンを主成分の一つとして持っています。
※4 Cdc42
細胞の形や増殖方向といった「細胞極性」を制御する主要因子として機能するタンパク質。細胞膜の物性がCdc42の活性に影響を与えることが知られており、本研究では、セオネラミドAによる細胞壁形成異常への関与が示唆されました。
謝辞
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
日本学術振興会(JSPS)科研費(25702048、18K06717、21H02128、19H05640、25K24592、24H00493)、文部科学省(MEXT)学術変革領域研究A「潜在空間分子設計」、新学術領域研究「化学コミュニケーションのフロンティア」、2020年度長瀬科学技術振興財団助成金。また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
【お問い合わせ先】
【研究に関すること】
広島大学 大学院統合生命科学研究科 教授 西村 慎一
Tel:082-424-7930
E-mail:nshin*hiroshima-u.ac.jp
理化学研究所 環境資源科学研究センター 創薬シーズ開拓基盤連携部門 ユニットリーダー 吉田 稔
E-mail:yoshidam*riken.jp
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E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム広報情報担当
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