2026
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太平洋の恵みと山河が育む自然豊かな南国の地・高知県。なかでも高知市春野町は太平洋に面した温暖な地域だ。海から吹く風と豊かな日照、そして平野と丘陵が入り混じる地形。こうした土地の恵みを受けながら、ファームべジコは農の未来を切り拓いている。

目次

冬にハウスで野菜を育てる、逆転の農業

高知県は県土の約9割を山地が占め、四国山地から流れ出る河川は急流となって海へ注ぐ。そのため土砂が広く堆積しにくく、大規模な平野が発達しづらい地形が特長だ。では、この限られた平地をどう生かすのか。その課題に応える形で発展してきたのが、狭い面積でも高収量を得られるハウス園芸だった。夏は山間部で露地栽培、冬は平野部でハウス栽培。季節と地形を巧みに使い分けることで、この土地ならではの農業が形づくられてきた。

長崎朝陽さんがつくるファームべジコのきゅうりは、10月初旬に定植し、11月中旬から6月まで毎日収穫が続く。露地栽培では夏に実る作物を、冬に育てるという逆転の発想だ。寒さに耐えたきゅうりは青臭さが薄れ、甘みが増す。冬のハウスで育つきゅうりには、夏とは異なる静かで力強い味わいが宿っている。

しかし、寒冷地では加温費がかさむため、冬のきゅうり栽培を大規模に広げることは難しい。その点、温暖で日照に恵まれた太平洋側は、冬の実りを育むのにふさわしい土地といえる。なかでも高知県はきゅうりの収穫量が全国上位に位置し、近年は6〜7位前後を推移。重要産地として安定した地位を保っている。

土をつくり、葉を読み、実をまっすぐに育てる

ファームべジコのきゅうりは、夏の3か月間のオフシーズンにすべてが決まる。米農家でもある長崎家では、稲作で出た籾殻や米ぬかを大量に土へ入れ、発酵させる。冬のきゅうりが驚くほど甘いのは、この土づくりに理由がある。ぬか漬けが甘くなるのと同じ理屈で、米ぬかで育った土が甘みを引き出す。

ハウスに息づく、緑の生命力

ハウスの中では、一本のきゅうりの株から伸びる“身体”と“手足”のようなつるを見極めながら、葉の枚数を調整し、光合成の量をコントロールする。葉はそれぞれ近くの実を育てる役割を持ち、葉を落としすぎても残しすぎてもいけない。

日本の市場では「まっすぐなきゅうり」が求められる。葉に触れれば曲がり、地面に触れれば黄色くなる。農家は一本一本の成長を見守りながら、時に摘果し、時に手で形を整え、A品へと仕上げていく。A品とは、形・色・大きさが規格どおりで、傷や曲がりが少ない正規品のことだ。もちろん曲がっていても味は変わらない。それでも市場の規格が農家の収入を左右する現実がある。

ハウスの中で、きゅうりのつるは空気を探るように細く伸び、まだ何にも触れていない先端が、そっと宙に揺れている。支えを求めて手を伸ばす前の、ためらいにも似た静かな動き。

そのわずかな気配の中に、これから命がどこへ向かうのかを選び取ろうとする、植物の確かな意志が宿っている。

50年続く農園と、家族が残した遺産

ファームべジコの歴史は、50年以上前に遡る。祖母の代からメロンやトマトを育ててきた農家に、旅行会社で働いていた父が養子として入り、畑を受け継いだ。農業は未経験。それでも、職人気質の父は土に向き合い、一つひとつの作業に没頭し、技を磨いていった。

そのそばには、同じ旅行会社に勤めていた母がいた。人と自然に関係を結ぶ力を持つ母は、「ベジタブル・コミュニケーション&コラボレーション」という理念を掲げ、ファームべジコというブランドを立ち上げた。シェフとの対話を大切にし、きゅうりだけでなくハーブや多様な野菜を育て、料理人の声に応え続けた。さらに東京のスーパーへ自ら足を運び、品評会にも積極的に挑むことで、一般の生活者へも、ファームべジコの名を静かに、そして確かに広げていった。

両親が築いた農園を守り、次の世代へつなぐために、長崎さんは東京でのサラリーマン生活を経て、自ら畑に立つ道を選んだ。しかし 2025年5月、母は病でこの世を去った。長崎さんが農園に戻って4年目のことだった。直接教わった時間は長くはない。それでも、母の背中から受け取った“人の喜ぶ顔をつくる農業”という精神は、今も変わらず、この農園の中心に息づいている。

市場と直販の狭間で揺れる、農家の現実

現在、ファームべジコの出荷は市場が7割、直販が3割。JA出荷はやめた。JA出荷は手数料が高く、農家の手取りは半減することもある。価格決定もJA主導で、売り先を主体的に選びにくい。一方で、集荷・選別・販売を任せられ、販路が安定する利点は大きい。

市場出荷は手数料が1割程度と低く、手取りが増えるのが魅力だ。ただし、仕分け・箱詰め・出荷作業をすべて自分で担う必要があり、品質の安定や信頼づくりも農家の責任となる。それでも、自らが育てるきゅうりへの愛情と誇りが、個のブランドを育てる道を選ばせた。

きゅうりの単価は相場で決まり、農家が値段を決めることはできない。A品でも1本30円ほど。規格外は1キロ50円という厳しい世界だ。ハウスの建て替えには3千万〜4千万円。修理だけでも毎年、百万単位の費用がかかる。若い農家が増えない理由がここにある。

それでも長崎さんは「農業は楽しい」と言う。

「親元就農で基盤があったことは幸運でした。けれど、何もない状態から始めるにはハードルが高い。国が使われていないハウスを若者に貸し出す仕組みがあれば、農業人口は増えるはずです」と語る。

直販を増やし、適正価格で買ってくれるシェフやスーパーとつながること。それが小規模農家が生き残る道だ。実際、2013年に野菜ソムリエサミットにて大賞を受賞して以降、ファームベジコの知名度は向上し、東京のレストランや外資系ホテルのシェフたちは、同園のきゅうりを求めて高知を訪れるようになった。なかには花のついた極小サイズのきゅうりを欲しがる海外シェフもいる。そんな料理人の感性が、農家に新しい視点をもたらしている。

これからも守りたい“味”。若き農家の想い

ファームべジコのきゅうりをかじると、収穫直後から水分があふれ、みずみずしさが口いっぱいに広がる。しかも、そのみずみずしさは数日経っても失われにくい。冬にゆっくり育つことで細胞が締まり、水分を抱えたまま保つ力が強まるのだ。
さらに冬の寒さに耐えた実は青臭さが少なく、驚くほど甘い。

長崎さんは言う。「父がいなくなっても、味が変わったと言われるのが一番嫌なんです」。ハウスを増やすつもりはない。規模を追わず、味を守る。そして、自分たちの作物を正当に評価し、適正価格で買ってくれる人たちとつながる。それがファームべジコのこれからの形だ。

高知の冬に育つ一本のきゅうり。その背景には、家族の歴史、土地の気候、土の記憶、そして人と人のつながりがある。静かなハウスの中で、今日もまた、まっすぐに伸びようとする小さなつるが、支えを探して手を伸ばしている。

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