4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。

第1回は、ブラジル対モロッコの分析。両者が安定性を追求した結果として生まれた膠着状態。その均衡を破った「小さな変化」とは何だったのか。現代サッカーにおいて勝敗を左右するのは、構造そのものではなく、その構造を揺らす一瞬なのかもしれない。「メタゲーム化」した現代サッカーを読み解くための5つの視点から、この90分に潜んでいた駆け引きを解剖する。

 2026年北中米W杯が、ついに開幕した。幸いにも、複数の試合について記事やスペースなどを通じて解説させていただけることになったので、個々の試合の分析を行いつつも、総体として一本の縦串が通るようなものにできればと考えている。そこで、この試合の分析を行う前に、現在のサッカー界の流れを踏まえた上で、試合をどういう観点で分析していくべきなのかについて、軽く自分の考えを整理しておきたい。

戦術の均質化が生んだ「メタゲーム化」

 まず、現代サッカーで最も顕著な傾向と言えるのが、「戦術のコモディティ化」である。ポジショナルプレーやゲーゲンプレッシングといった戦術的枠組みから、さらにローカルなビルドアップシステム、あるいはSBのインサイドワーク、偽9番といったタスクの拡張まで、いろいろな戦術が速いサイクルで生まれてきたのがこの10~15年間だった。この数年間でサッカー界の模倣性とそのサイクルはさらに高速化し、ついには程度の差こそあれど、大抵のチームにとってこれらの戦術的枠組みはどれも「やろうと思えばできる」ものへと変わっていった。

 戦術においても同様のことが起きている。現在のトップレベルではやろうと思えばポジショナルプレー寄りの[3-2-5]のビルドアップも、[4-4-2]のローブロックも、[4-3-1-2]気味のマンツーマンプレッシングも遂行可能だ。それはもちろん、相手にも同じことが言える。そのため双方の得意・不得意、戦術的狙いに加えて、相手が何をしてきそうかという情報戦、心理戦的な側面も戦術の選択プロセスでかなり大きなウェイトを占めるようになってきた。このように、手札としては同様のものが配られていて、その運用の仕方のみで差がつくので、相手と自分の手の出し方を予想し合うようになることを「メタゲーム化」と言うが、そういった傾向は間違いなく強くなってきているだろう。

安定性を競う時代。なぜ試合は膠着するのか

 この流れでもう1つ重要なのは、戦術的手法が各チームに浸透したことで、守備においても攻撃においても、自チームの安定性を保つ、あるいは少し崩れてもそれを素早く復元することが、どのチームにも可能になったということだ。サッカーの目的である「ゴールを相手より多く取る」ための自然な中間目的として、「自分たちは安定し、相手は不安定にさせる」というものがある。しかし、どちらのチームも安定する方法は有しているわけだから、結果的に現代のサッカーは「どちらも安定している膠着状態」が生まれやすくなっている。

 現代サッカーにおける得点を観察してみると、このような膠着状態を正攻法で崩す割合は減少してきていて、むしろ膠着状態における「ほんの小さな変化」がきっかけになり、雪崩のように一気に局面が変化してゴールが生まれる機会が増加してきている。カウンターアタックの洗練はこの傾向を最もよく表すが、例えば根気強くボールを保持し続けた結果、突然守備側にミスが生まれるようなゴールも、このような性質を利用していると言える。

 このように、物質や系の状態が突然、非連続に大きく変化することを「相転移」というが、現代サッカーでは相手チームに対して「致命的な相転移」をいかに意図して、効率的に生み出すかが重要なポイントになっているのは間違いない。裏を返せば、現代サッカーにおけるゲームモデル、戦略、ゲームプランを評価する軸として、「(自チームにおける)致命的な相転移頻度の少なさ」が非常に重要な指標になる。

現代サッカーを読み解くための5つの視点

 すでに前置きとしては長すぎるので、細かい説明はまたの機会にさせてもらえればと思うが、現代サッカーにおいてあらためて考慮する必要があるであろう視点を、簡単にまとめさせてもらう。試合ごとに、必要に応じて詳しく掘り下げていこうと思う。

・静的な安定感より動的な安定性(ロバストネスやレジリエンス)
→過度な安定感は逆に危険、複雑すぎる戦術はむしろ脆い場合がある。

・致命的な相転移
→膠着状態に見えても、些細な変化から突然状態が変化することがある。

・相転移を意図的に起こすための”ほんの小さな変化”
→少しの刺激で急激に状態が変化することがあるのが複雑系の特徴なので、意図的に小さな変化を加えてみる。意図的でない「小さな変化」が大きな変化に繋がることもある。

・守備陣形を「分断」の有無で評価する
→守備ネットワークの張力(ディアゴナーレと呼ばれるもの)が切れた状態だと、陣形が回復しないため、そのスペースに完全にフリーな選手ができてしまい、決定的なピンチにつながる。

・カウンターネットワークを考慮する
→カウンターは大抵ボールを奪った選手からは起きない。ハブになる選手を経由し、完全にフリーな選手にボールが渡ると決定的なカウンターが起こる。この時、裏を返せばボールを奪われたチームの予防的な守備陣系には「分断」が生まれていることになる。

 また、この視点に立つと、従来の「戦術的構造」の分析(配置の噛み合わせやローカルな構造など)は、以下のような役割、立ち位置に帰着するとも言える。

・個人で剥がすプレーと同様に、戦術的構造によって生み出される優位性もまた、今日では膠着状態を打破するための「小さな変化」である。逆に言えば、戦術的枠組み自体が「決定的な優位性」を生み出し続けることは少なくなった(これは守備側が安定性を復元するスピードが速くなったことも関係している)

・目先の優位性が必ずしもそのまま線形に拡大していかない。むしろ、いい感じに攻めていたように見えるチームが次の瞬間にはカウンターで失点していることがある

・従来の構造分析は行いつつも、それが「メタゲーム」上でどのような機能を果たしているかを考える必要がある

 断っておくが、上記の5つの視点は別段「新しく生まれた視点」というわけではない。もともとサッカーに備わっていた性質であり、必要な視点だったが、戦術が均質化しつつある現代においては、このような視点がより重要になってくるという考えに基づいて、今大会の試合を分析していきたいと思う。

万能チーム同士のまさに「メタゲーム」

……

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Profile
山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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