製品としては複製品である一方で、誰かが使ったポストカードには固有の歴史もある。色褪せ、傷つき、誰かのメッセージが書き込まれたポストカードは、もはや単なる複製物ではない。
今回の展示には日本のイメージがプリントされたポストカードが多いが、あるポストカードからは日本に来たフランス人が日本からフランスに送ったことが読み取れる。同じ印刷をされたポストカードでも、たどってきた道のりはさまざまだ。
「ポストカードは、それぞれが固有の記憶を有しています。それを偶然、蚤の市で手にする。蚤の市にあるものは廃棄される一歩手前のものです。それに第二の命を与える。集合的な記憶を生かしていくのです」
海岸のポストカードの作品は、ベルギーの海岸のものだ。日暮れの海岸のイメージはとても抽象的で、どこのものとはわからない。日本でもアメリカでもベルギーでもイメージできるところがポストカードのおもしろいところだと、ヴィラノヴァは言う。
Photograph: Osamu Sakamoto, Courtesy of Artist and KOTARO NUKAGA空間と制度
ヴィラノヴァの作品は、空間との呼応が重要だ。すべての展示はスペースを観察し、理解するところから始まるという。
彼はまず、鑑賞者がどのような体験をするのかをイメージし、作品と空間の関係を熟考する。そこには専攻していた建築の影響があるが、特に影響を受けたのは、1960年代後半から70年代にかけて展開されたインスティテューショナル・クリティーク(制度批判)という、美術館やギャラリーといった制度そのものを問い直す芸術運動だ。
この運動では「何が芸術で、何が芸術ではないのか」という価値判断そのものが批評の対象となった。ヴィラノヴァは、その考え方を継承しながら、本来は観光土産や印刷物にすぎないポストカードを展示空間に持ち込み、その意味を再定義している。
インスティテューショナル・クリティークの影響は展示方法にも表れている。ヴィラノヴァにとって、美術館は作品を並べるための中立的な空間ではない。ポストカードをどのように配置し、鑑賞者にどのような体験を与えるのか。その空間全体を含めて作品として捉えているのだ。
「今回の展示は複数の作品から構成されていますが、全体でひとつのインスタレーションとして考えました」と、ヴィラノヴァは説明する。「作品はすべて同じ高さにしつらえ、スポットライトで作品を際立たせず、空間全体を照らしています。テーマはイメージの反復なので、来場者には個々のディテールの違いに集中して鑑賞してほしいのです」
ポストカードが1枚のとき、2枚のとき、3枚のとき、全面に大量に貼ってあるとき、イメージ同士の関係性は変わってくる。それがポストカードや、そこから派生するいろいろなものとの対話になっているという。
なかには変わった展示方法の作品もある。例えば《Old Masters (Monet)》は、ジャケットにモネの作品を使ったポストカードだけを大量に詰め込んだ作品だ。ポストカードはどれも別の美術館で見つけたという。同じモネの作品でも、美術館で鑑賞する体験と、ポストカードとして手に取る体験は異なる。「現在、多くの人はこのように複製物を通してオリジナルを感じ取っていると思うんです」
