開発途上国の社会課題の解決に取り組むJICA海外協力隊。帰国後、その経験を生かして社会に新たな価値を生み出す人も少なくありません。6月に開催された「第4回 JICA海外協力隊 帰国隊員社会還元表彰」で大賞に選ばれたのは、ウガンダの水問題の解決に取り組む坪井彩さんでした。協力隊時代に井戸の維持管理という課題に向き合った坪井さんは、現地でモバイルマネーを活用した井戸の使用料金を回収する仕組みを考案。それをきっかけに起業し、今も安全な水へのアクセス整備の支援に挑んでいます。
ウガンダの水問題に取り組む坪井彩さん(坪井さん提供)
海外協力隊経験が生み出す「社会還元」
「JICA海外協力隊 帰国隊員社会還元表彰」は、協力隊で培った経験を国内外の課題解決に生かす取り組みをした隊員を表彰するものです。第4回となる今回は、坪井さんを含む6人の帰国隊員が受賞しました。
マラウイで農家の収入向上を目指して布小物の製作・販売をするビジネスモデルを創出した方や、ブラジルで日本語の先生をした協力隊経験を生かし、外国にルーツがある子どもたちの日本での学びを支援する方など、地域活性化や教育などさまざまな分野で活動する受賞者の中で大賞に輝いたのが、坪井さんです。
坪井さんは受賞スピーチで、「大賞をいただきまして本当にありがとうございます。協力隊への参加は、私の人生を変えるきっかけというよりも、人生そのものを大きく変える経験でした。(協力隊員として)現場に行ったことで、なぜそうした問題が起きているのかを現地の方々の目線で理解し、一緒に解決策を考えることができました。そうした経験は、協力隊だからこそ得られたものだと思います」と語りました。
スピーチをする坪井さん
坪井さんが社会課題に関心を持ったきっかけは、大手電機メーカーに在籍していた時に参加した社内ワークショップでした。開発途上国の課題解決に向けた事業案を考える中で、「現地をよく知らないままでは、解像度の粗い提案にしかならない」と限界を実感したといいます。
その経験から「現場を知りたい」と考えるようになり、JICA海外協力隊への応募を決意。2018年、ウガンダへと派遣されました。
見えてきた「続かない」水インフラの課題
ウガンダで坪井さんが向き合ったのは、井戸の維持管理の問題でした。派遣前から、過去の協力隊員の報告書などを通じて問題の深刻さを把握していましたが、現地で壊れたまま放置された井戸と、不衛生な水に頼らざるを得ない人々の現実を目の当たりにし、「なんとかしたい」との思いを強めたといいます。
「井戸の修理費用を住民から集めればいい」と考えた坪井さんは、実際に村を回って修理費用を集めることにしました。
しかし、思うようにはいきませんでした。「夫がすべてのお金を持っている」「子どもの学費が必要だから払えない」「今はお金がない」。さまざまな理由で協力を拒まれ、100軒以上を訪問しても集まった金額はわずかでした。
「いろいろなことを言われては次の家へ行くということを繰り返し、正直とても疲れましたし、『これはやっていられない』と思いました」と坪井さん。
そこで、住民との対話の場を設けることにしました。その中で見えてきたのは、料金を支払えないのではなく、支払いたくないという住民の思いでした。
ウガンダの住民会議の様子(坪井さん提供)
「みんなが払っていないのに、自分だけ払うのは不公平」「支払っても不正に使われるのではないかと不安がある」。料金回収の不公平感、現金決済という仕組みへの不信感があることが分かりました。
この課題に対し、坪井さんが考案したのが、モバイルマネーと従量課金を組み合わせたプリペイド式(前払い式)の水料金システム「SUNDA(スンダ)」です。携帯電話のモバイルマネーにお金をチャージすると、その情報が専用のIDタグに反映されます。 井戸に設置されたSUNDA端末にIDタグをかざすと、水をくんだ分だけの料金が残高から差し引かれるという仕組みです。効率的に料金を回収できるようになったため、井戸が壊れてもすぐに修繕することができるようになりました。
そうした仕組みを実装できるエンジニアを現地で探し、何度も試作と失敗を繰り返しました。あきらめずに粘り強く取り組み、1年の任期が満了する直前、ようやく初号基を井戸に設置することができました。
「SUNDAを設置すると住民の反応はとても良く、お金も集まるようになりました。井戸が壊れてもすぐ修理されるため、安心して使えると好評でした」と、坪井さんは振り返ります。
「仕組み」がもたらした変化
SUNDAを設置した井戸。ポンプに取り付けた水量計とモバイルマネーが連動し、くんだ分だけを支払うことができるようになった(坪井さん提供)
SUNDAの導入により、壊れたままの井戸は修理され、安全な水に継続的にアクセスできるようになりました。これまで何キロも歩いて水をくみに行っていた子どもたちは、学校に通えるようになりました。また水くみの道中に野生動物に襲われたり、犯罪に巻き込まれたりするリスクも減少しました。
ある住民はこう語ります。
「村の様子はすっかり変わりました。以前は女子生徒が(水くみの途中にレイプ被害にあい)妊娠して学校を離れることもありましたが、今はそうしたことがなくなりました」
坪井さんの協力隊の任期が満了した後も、SUNDAは現地で活用され続けていました。坪井さんは大手電機メーカーに所属しながら協力隊員として活動しており、帰国後は職場に戻らねばなりません。しかし、坪井さんが職場復帰してSUNDAの活動から離れてしまうと、再び元の状態に戻ってしまう可能性があります。坪井さんは、大手電機メーカーに残るか、退職して事業を続けるか悩み続けました。
「ここでやめたら喜んでくれた人たちを裏切ることになってしまう」という思いで退職を決断。「Sunda Technology Global」を立ち上げ、事業として取り組む道を選びました。
拠点をウガンダに移し、協力隊時代に出会った仲間たちと本格的に事業をスタートさせました。SUNDAの設置を村人から強く反対されたり、ウガンダ国内で調達できないSUNDAの部品があったり、さまざまな困難もありました。粘り強く住民と対話をして理解を得たり、ウガンダにない部品は日本や中国から調達したり、仲間と話し合いながら解決の道を探ってきたという坪井さん。努力が実り、これまでにSUNDAはウガンダ国内で300基以上導入され、多くの人が安全な水を利用することができるようになりました。今後は企業や団体との連携を強化し、スピード感をもってさらなる普及を目指すといいます。
協力隊の経験や、協力隊時代に知り合った人たちとの縁が、坪井さんの人生を変えました。ウガンダに同じ時期に派遣された協力隊員に、モバイルマネーを使った井戸の使用料金の回収をどうすればいいかを何度も相談。同期からのアドバイスが、SUNDAのシステム構築に大いに役立ったといいます。
これから協力隊を目指す人へのメッセージとして、坪井さんはこう語ります。
「協力隊でしかできない経験や、出会いは間違いなくあると思います。その機会をより実りあるものにするためには、自分が何を実現したいのかという目的意識を持って挑むことが大切だと感じています。目的が具体的であるほど、その経験は大きな価値を持つと思います。協力隊という機会はユニークで、他にはありません。興味がある方はぜひ自分なりの目標を持ってチャレンジしてほしいです」
