渡辺剛〈後編〉24歳での海外移籍がブラジル戦、イングランド戦勝利の原動力となった(山梨学院大付高元監督・吉永一明)【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】

渡辺剛(C)日刊ゲンダイ

【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】

 DF渡辺剛(オランダ1部フェイエノールト/29歳)

 2022年1月に初めて海外に移籍してから急成長を遂げた渡辺。恩師・吉永一明氏も「異国の環境を受け入れて人間的に成長したことで今がある」としみじみ言う。さらに深掘りしてもらった。【前編】から続く。

  ◇  ◇  ◇

 ──渡辺は高校3年の夏に中央大学への進学が内定し、最後の高校サッカー選手権に挑みました。

「3回戦まで順調に勝ち上がったのですが、そこで群馬・前橋育英と当たり、大野佑哉(長野)がPKを外して敗退を余儀なくされました。相手には渡邊凌磨(浦和)、鈴木徳真(G大阪)、坂元達裕(コベントリー)に加えてベンチに金子拓郎(浦和)、小泉佳穂(柏)というそうそうたる面々を擁してかなりの難敵。剛も不完全燃焼感を胸に、次のステップに進んだと思います」

 ──中央大学からFC東京に進みましたが、その後の成長を吉永さんはどう見ていましたか。

「高校時代は悔しい終わり方をしたので『大学に行ってから頑張れよ』と送り出した。僕自身もアルビレックス新潟シンガポール(現ジュロンFC)監督に就任し、日本を離れたので遠くから見守っていた状態です。剛が大学4年の時に『Jリーグの複数チームから話があって、最終的にFC東京に決めました』と連絡がありました。本人もFC東京U-15深川を離れて山梨に来た時から『FC東京に戻りたい』と考えていたのでしょう。思いが叶ったのは本当に良かったと思いました。当時は長谷川健太監督が指揮を執っていたので『健太さんにも話をしておくよ』といったやり取りをした覚えがあります」

 ──FC東京時代はコロナ禍の2021年1月にYBCルヴァンカップで優勝。タイトルは獲得したものの、同年夏の東京五輪には参加できませんでした。

「剛がプロ入りした2019年は自分も新潟の監督を務めていたので、よく試合を見ていました。当時はまだあまり安定しない選手という印象でしたね。FC東京で試合に出られなければ、僕のところでレンタルしたいな、と思っていたのですが、それは叶いませんでした。守備に関しては悪くないけど、ボールを持ち出してビルドアップする部分は自信なさげにやっていた。森重真人選手ら年長者もバリバリやっていた頃でしたし、剛がFC東京の看板DFになれたかというと、そこまでは達していなかった気もします。東京五輪代表でも冨安健洋、板倉滉両選手(アヤックス)や中山雄太選手(町田)らがいて、第2クラスだったのかな。いろんな意味で<成長の遅い子>だったので、彼らを追いかけながら成長していかないといけないな、と感じていました」

 ──2022年から活躍の場を欧州に移しました。

「最初にコルトレイクへ行き、2023年夏にヘント、昨年夏にフェイエノールトと着実にステップアップしましたが、本当に欧州移籍を決断したことでサッカー人生が劇的に変化したと思います。異国にいながらプレーするのは容易なことじゃない。環境に適応して、全部プラスの力に変えていって結果を残さなければいけないんです。彼はその過程を通して本当の意味で自立したと思う。日本でも成長はしていましたけど、『自分がやらなきゃいけない』という状況になったからこそ、今の逞しさが身についたのでしょう」

 ──コルトレイクで共闘した後輩・田中聡選手(デュッセルドルフ)が「剛君には物凄く面倒を見てもらった」と心から感謝していました。

「そういうエピソードを聞くだけで『お兄ちゃんになったな』と実感しますよね。今はフェイエノールトで上田綺世選手をサポートしたり、日本代表の取材対応でもサービス精神を前面に出していると聞きますけど、人を気遣えるところは僕の知っている剛とは違う。人間的成長がプレーの進化に寄与しているのは間違いないと思います」

「一番強烈だったのが、2025年10月のブラジル戦」

 ──日本代表も2019年の初招集後、2014年アジアカップに呼ばれたものの定着できず、北中米W杯最終予選が終わった後の2025年6月以降に常連になった形です。

「以前は『大丈夫かな』とドキドキしながら見ていましたけど、今は『このくらいのプレーをしてやられたらある意味、しょうがないな』と思えるくらいの安心感を持てるようになりましたね。一番強烈だったのが、2025年10月のブラジル戦です。僕は中国にいたので深夜にリアルタイム配信で見ましたが、『相手がサッカー王国でも積極果敢に挑んでいくんだ』という姿勢が素晴らしかった。3月のイングランド戦もそうでしたけど、普段からフェイエノールトで主力を張っている分、萎縮したり、不安げだったりするところは一切なく、勇敢なプレーヤーへと変貌を遂げてくれて本当に頼もしいです」

 ──遅咲きですが、W杯では十分にやってくれそうですね。

「そうですね。剛はエリートではないし、挫折を繰り返してここまで辿り着いた選手。それは(山梨学院大高で)1学年下に当たる大然(FW前田=セルティック)も同じですけど、タフさと逞しさを持ち合わせていることを嬉しく思います。欲を言えば、2人が揃ってW杯のピッチに立ってくれれば理想的ですね。山梨学院の関係者も喜びますし、僕自身もそうなってほしいと願っています。剛と大然が日本の躍進に貢献してくれることを切に願っています」

(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト)

▽わたなべ・つよし 1997年2月5日生まれ。埼玉・越谷市出身。J・FC東京下部組織から山梨学院大付属高に進学。MFからCBにコンバートされて頭角を現し、中央大を経て19年にFC東京入り。21年にベルギー1部コルトレイクに移籍。同1部ヘントを経て25年7月、オランダ1部の名門フェイエノールトに引き抜かれた。19年12月に日本代表初招集・初出場。3月の英国遠征2試合に出場した。身長186cm・体重78kg。

▽よしなが・かずあき 1968年3月17日生まれ。福岡・北九州市出身。福岡大卒業後、J鳥栖のコーチなど歴任。09年から山梨学院大付属高サッカー部コーチ。10年から監督。16年にJ甲府コーチ。17年から新潟シンガポール監督。J新潟の監督、新型シンガポールのGM、監督を経て現在は中国サッカー協会大連地区トレーニングセンターのトレセンダイレクター。

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