1967年、ゴラン高原に進軍するイスラエル兵(写真:Universal Images Group/アフロ)
国家は前線の人間を見捨てるか
今次イラン戦争では、イランに撃墜された米軍「F-15E Strike Eagle」戦闘機の乗員を救うため、米軍は約100人規模の特殊作戦部隊を投入し、航空支援や電子妨害も組み合わせ、米中央情報局(CIA)がイラン側に偽情報を流す陽動工作まで行ったと報じられている。
国家が前線の兵士を決して見捨てないという姿勢が、この大胆な救出作戦を支えていた。
この「国家は前線の人間を見捨てない」という原則は、戦闘の現場だけでなく、情報戦線に立つスパイにも等しく当てはまる。国家の覚悟があるかどうかで、任務に向かう者の心は決定的に変わるからだ。
その象徴的な事例が1965年、シリアの首都のダマスカスで起きた。
イスラエルの伝説的スパイ、エリ・コーエン(偽名:カメル・アミン・ターベト)が逮捕され、公開処刑された事件である。
彼はシリア政権の中枢に深く潜入し、イスラエルの国家安全保障を根底から変える情報を送り続けた人物だ。
この結末だけを見れば、「イスラエルはスパイを見捨てたのか」と思われがちだ。
しかし、実際には全く逆である。イスラエル諜報特務庁(通称モサド)長官メイア・アミットは、あらゆる外交的手段を模索し、コーエン救出の可能性を最後まで追い続けた。
ただし、救出作戦の規模や具体的内容については情報が錯綜しており、確定的な数字や人物名を裏付ける信頼性の高い1次資料は存在しない。本稿では、裏付けの取れない固有名や詳細は記述しない。
コーエンはシリア政権の上流階級に深く入り込み、彼らの虚栄心と自尊心を巧みに利用した。
通常は外国人が近づけない軍事要塞を、コーエンは政権中枢の有力者の虚栄心を巧みに利用し、見学することに成功した。
彼は上流階級の社交界に溶け込み、相手の自尊心をくすぐりながら、軍事機密の核心へと近づいていったのである。
処刑台へと連れてこられた男、その名はエリ・コーエン。彼が送り続けた情報は、中東の地図を変えた。
