
ブランドブックには「ザ・大自然」というより、そこに人の営みがあって、人が自然とどう関わっているかを実感できる写真がたくさん載っています

昔から知床は厳しい大自然があって、野生動物の宝庫というようなイメージがあって、それはとても素晴らしい貴重な価値だなと思ってはいるんですけれど、それ以外にも歴史や文化とかが積み重なった時間が知床にはあるんです。そういうところをブランドブックやポスターを作って少しずつ紹介していけたら、もっともっと知床が面白くなるんじゃないかなと思って毎年必ず通っています

知床の写真のイメージは知床半島の先端から見下ろして撮る写真をよく目にすると思います。山でも羅臼岳がドーンと写っているような。でも、石川さんの写真は知床半島の中にある人の暮らしとか、あるいはちょっと足元にある花とか、あるいは産業とか。本当に自然も人もその小さな営みを石川さんの目を通して切り取ってくださってるなと思っています。石川さんにはもう10年以上、知床に関わっていただいてるんですけど、斜里には石川さんの写真が至るところに展示されていて、斜里町なんかすごくいいなと思えるんです

知床半島の先端、知床岬(2025年6月13日撮影、北海道新聞掲載写真)

知床は観光客にとっては最果ての地というイメージがあると思いますが、世界を旅してきた石川さんの視点から見るとどういう場所なのでしょうか

もちろん半島の突端近くなので、陸路なら行き止まりの場所なんですが、でも実は北方世界への入口のような環境でもあります。北方四島があってカムチャツカがあって、そしてシベリアやアラスカに繫がっていって、ノルウェーの北極圏があって。日本列島において北の文化圏への入口のような印象を僕は持っていますね。ですから昔は色んなところから色んな人が入ってきて、そしてそこから色んな交錯する流れがあったわけですよね。それを僕はすごく知床で感じます
ヒグマとの距離感


近年は北海道でヒグマとの距離感が大きな課題となっています。知床はヒグマが濃密に生息している地域であり、ヒグマ対策の最前線でもあります。石川さんは知床でクマとどう向き合ってきましたか?

僕は知床に夏も冬も色んな季節に通って何度もクマに出会ってきました。(会場のビジョンに投影した)この写真は知床岬の近くで、カラフトマスが遡上してる時に出会ったクマです。僕は写真家ですけど望遠レンズとかズームレンズは一切使わないんですよ。標準レンズしか使わなくて。だから、この写真もクマとはかなり近かったんですよ。ただ、クマはカラフトマスに夢中で、こちらにあんまり関心を持っていませんでした。この写真は7、8年前くらいに撮影しましたが、最近はカラフトマスがほとんど遡上しなくなっています。そういう移り変わりもこの写真から分かるんです。ヒグマとは何度も会ってます。山の中でも海沿いでも会ってるし、そして自分のテントのすぐ近くで朝起きたら糞がいっぱいあったということもありました。だから僕はベアカントリーという感覚というか、クマがいる環境に人間が近づいたり、あるいは逆に人間がいるところにクマが近づいたり、そういうことが頻繁に起こりうる土地であるということを昔から考えています。その上で最近のクマに関する事象について考えるところがありますね

写真のヒグマはカラフトマスに夢中になっていてこっちを全然気にしてなかったというお話が興味深く、クマにはちゃんと目的があって、その目的によって人間との距離感が変わってくるのだと改めて感じました

ただ駆除するでもないし、ただ保護するでもないし、その中間の畏敬の念を持った付き合いの仕方というのがあるんじゃないかなというのは常々思っています

昨年、羅臼岳で登山者がヒグマに襲われる事故が発生しました。地元では今、どのような対策を考えていらっしゃるのですか?

知床横断道路沿いに出没したヒグマ親子と撮影のため停止した車両(知床財団提供)

知床では1990年代からずっとヒグマが出たらどう追い払うか、または捕獲するなどの対応を続けてきて、ある程度の距離感を保ち続けていました。世界的に見てもヒグマの高密度の生息地で、さらに(人の生活圏とも)近いんです。国立公園内であっても軋轢がある。(会場に投影した)この橋の上の写真は、川にサケを食べにやってくるヒグマを撮影しようと人がたくさん集まって混沌とした状況です。毎年起きている事象です。こういう場合はヒグマを追い払うこともあります。知床半島の対策は国立公園内と市街地の2軸あります。「知床半島ヒグマ管理計画」では、国立公園内はヒグマに厳しく対応するのではなく、むしろ人に厳しくする(人の行動を制御する)。市街地で出没した場合は、人の安全を確保するために駆除という選択肢も取らざるを得ないのですが、国立公園はクマがいる前提で人の行動をどう制御するかという取り組みをずっと続けてきています

ヒグマを撮影するために集まった人たちと車両(知床財団提供)

ヒグマに厳しく対処せざる得なくなった事例もあるそうですね

私たちが20年近く配り続けてるポストカードがあります。クマの死体が写っていて、ポストカードにするのはどうなんだという意見もありました。この駆除されたクマは「ソーセージ」という別名がありました。ソーセージを誰かが餌やりしてしまったがために、こういう結末に至ってしまったんです。写真の背景に写っているのは、小中学校です。学校のグラウンド近くに出没するようになってしまったんです。餌をもらったクマが最終的には駆除されてしまうことがあるんです。多分、餌やりをする方は悪気がなくて、今でもヒグマに食べ物を与えようとする人たちはいて、皆さん本当に悪気がないんです。クマがお腹空かせてるんじゃないかと。夏毛だと痩せているようにも見えるので、可哀想だと感じる人もいます

観光客らに配布しているポストカード(知床財団提供)

人間とヒグマの距離感を保つためにどのような対策に取り組んでいるのでしょうか?

国立公園のすぐ隣にあるウトロ地域には市街地と国立公園の間に電気柵を張っています。市街地に入ってくるクマには厳しく対処しますが、侵入をさせない対策が大切です。山に入る方の対策としては、食べ物の管理を徹底してもらいます。クマが食べ物と人を結びつけないようにすることが一番大事です。保管するものは「ベアキャニスター」とか「フードコンテナ」と呼んでいますが、食べ物をしっかり管理することが基本です

電気柵沿いを歩くヒグマ(知床財団提供)

キャンプでも食材や生ごみの管理をしっかりすることが大切です。外に食べ物を出しっぱなしにしない。知床ではヒグマ対策用の重厚なごみステーションやフードロッカーも設置されていますね

ヒグマが一度でも食べ物を覚えると学習能力が高いので危険です。鼻がすごく良くて犬の6倍とも言われています。犬は人より30倍ぐらいなので、相当ですよね。匂いに釣られてごみを見つけたら、クマにとってはゴミも食べ物になります。それを覚えてしまうと毎回毎回そこに通い始める。だからしっかりと対策する必要があるんです

羅臼岳の登山がどうなるのかと気になっている方も多いと思います

先日、関係機関の会議で今年7月の山開きに登山道を再開することを目指していくことが確認されました。再開するからには対策をしっかりしなければいけません。まず情報発信がすごく大事なので、登山者が知床のクマ情報をどこを見たらいいのかとならないよう、なるべく情報を一元化して最新情報をしっかり届けられるWEBサイトを開設する予定です。場所に合わせた情報発信もすごく大事ですので今、整備してる最中です

北海道では、細かくクマの出没状況をホームページで公表してる自治体も多いので、キャンプを含めアウトドアフィールドで出かける時は、その地域の出没状況を事前にチェックして行動していただけたらと思います
流氷が教えてくれること


野生動物との共生も含めて、様々な課題を抱えながら私たちは北海道の豊かな自然を持続可能な状態で次世代につないでいかなければなりません。石川さんはブランドブックのタイトルを「SHIRETOKO ! SUSTAINABLE」としています。「サステナブル」(持続可能な)にどんな思いを込めていますか?

「持続可能な知床」というタイトルですが、最初は言葉だけが先走って中身がないのは嫌だなと思ってたんです。でも、サステナブルと名前をつけたことによって、いやが応にも意識するところがあって。先ほども30年前からの流氷の話をしましたが、自然そのものは温暖化の影響はあるにせよ変わらずそこにあって、でも自分たちの見え方、あるいは自分たちの視点のあり方さえ変われば、流氷がすごく嬉しいものと思えたり、楽しく遊べたり。自分たちの価値観や考え方が少しでも変わっていくと、そこにある自然はずっと変わらないのに、また違った接し方ができるようになるんです。クマとの向き合い方の10年後、20年後にはまた少しずつ変わっていくと思うんですよ。そんな見方や接し方もあるんだと、こんな風に考えてる人もいるんだということをサステナブルブックでも伝えていくことによって、それが持続可能な知床のあり方に繋がっていくと僕は信じているんです

知床半島沖に押し寄せる流氷(2026年2月10日撮影、北海道新聞掲載写真)

なるほど。流氷に対する価値観の変化は分かりやすいですね

例えば流氷が来る前に見られる泡状のシャーベットのような現象を昔は「氷泥(ひょうでい)」と呼ばれていたそうです。氷の泥って言うと、なんだか汚い感じがしますね。でも「スラーピーウェーブ」(シャーベット状の氷)と言うと、サーフィンチックなイメージも浮かんできて、色んな視点を提示してくれて、意識が変わっていくと思うんですよ。そういう視点をサステナブルブックでも伝えていきたいなと思っています

石川さんはよく写真は表現ではなく記録としての価値を意識していると仰ってますね

写真家は、見て見て見続ける職業なんですよ。見ることの専門家なんです。写真が作品として何かメッセージを伝えるとなると言葉が全面的に出てきてしまうわけですが、写真だけを提示するというのは多様な見方をそこにもたらすことができるんですね。僕は「知床をこう見てくれ」とか「知床はこういうところだ」みたいな強いメッセージ性を乗せて表現するというよりは、ひたすら見て見て記録し続けています。そこから変化を感じ取る人もいれば、生物学者は動物にフォーカスするかもしれないし、地質学者は土を見るかもしれないし、あるいは地元のサーファーの人はそこから海を見るかもしれないし、絵描きはそこから何かのインスピレーションを受けるかもしれない。記録に徹することによって色んな見方が生まれてくると思うんですね。だから自分なりの独りよがりの表現を押し付けるというよりは、記録したものを少しずつ提案していくという感覚があります


流氷は温暖化の影響でこの40年で30%減少したとされていて、さらに2050年には今からさらに3分の1にまで減るという指摘もあります。先ほどの石川さんの「見ることの専門家」という言葉が印象的ですが、石川さんは実際にアムール川まで足を運び、流氷ができる現場を見に行ったそうですね

知床で毎年流氷を見ていると、この流氷は北から流れてくるけど一体どこから始まるんだって思って、シベリアまで行ったんですよ。そうしたら流氷の赤ちゃんみたいなのが、ちょっと海に浮かんでいました。シャーベット状の氷が南下していくにつれて固まって大きくなっていって、そして、知床が流氷の最後を見届ける場所のようになるんですね。昨日、知床で見た流氷は少しクリームかかってる部分もあって、プランクトンが含まれていて、出汁のようにプランクトンが氷に埋め込まれてそれが溶けると海の養分になって、森にも繋がっているんですね。始まりから最後まで流氷を見ていくと、地球規模の移り変わりに思いを馳せることもできて。僕にとっては色んな学びを与えてくれる場所が知床でしたね
「恐怖」から「畏怖」へ

世界を旅しながら、知床に通い続ける中で、いまの知床を取り巻く自然やこの先に未来についてどうお考えですか?

山本さんが先ほどフードロッカーを紹介していましたが、僕の好きなアラスカのデナリ国立公園にも昔からフードロッカーが置いてあったり、カナダのユーコン川を下った時もこのフードコンテナを持っていて、「クマには気をつけろよ」と地元の人が教えてくれたりしました。今は知床財団がしっかりと情報を発信していますが、やっぱり地元の人や観光客もみんなが意識を当たり前に共有できる状況になることが大切だと思います。そうすると、もっとアウトドアのアクティビティが楽しくなると思うし、ただ闇雲に恐れたりするんではなくて、フィールドに入っていく楽しさがもっともっと生み出されていくんじゃないかなと思うので、少しずつ意識を変えていったり学んでいけたりするといいなと思います

都市にいるだけだと自然との距離感の取り方が難しく感じてしまいますが、少しでも自然の中に入っていくことで野生動物をはじめさまざまな自然環境における身の置き方を学んでいけそうですね。知床財団ではどんな活動をしていますか?

財団が主軸ではないのですが、斜里や羅臼の役場や地域の方が主体となって、両町ともに40年以上取り組んでいるキャンプ事業があります。羅臼町の場合は知床岬(知床半島の先端)までの東海岸を1週間ほどかけて往復で歩くんです。もちろん、クマ対策は徹底していて食料管理をしつつ、崖を上って海に入って歩いてみたり、自然に没入して1週間過ごします。斜里町でも電気柵を張った内側にテントを設営して寝たり、食料は木の上に吊るして保管するといったキャンプをしています。先ほどの石川さんのサステナブルへの思いに共感しているのですが、サステナブルって言葉だけで中身がないのは違うなと思います。次世代にどのように繋いでいくかを考えないといけません。それはクマがこういう生き物だとか、自然は素晴らしいので残しましょう、とか言葉だけで伝えるのではなく、 大人も子どもも自然の価値を体感して、その自然を残していきたいと自分事にならなければ続いていきません。両町のキャンプ事業はそんな意義がある活動だと思います


リスクだけに引っ張られるのではなく、大人が責任を持って子どもたちをサポートすることで貴重な体験を提供しているのは本当に素晴らしいですね

大人の努力があってこそ支えられる。そういうことを実直に続けられたらいいと思っています。石川さんの最新の著書のなかで印象に残っているのが、「恐怖ではなく畏怖」という言葉です。クマも山も自然全てにおいて正しく知って、正しく畏れて、正しく付き合う。そういったことを大人も子どもも続けていく必要があると思います。その学びが本当の意味でのサステナブルになっていく。知床で私たちが活動していく上で、石川さんの言葉が重なっていると感じています。

ただ恐怖するのではなく、敬意をもって自然と接する「畏怖の念」がとても大切だと思うんです。先ほどの羅臼の子どもたちのプログラムは本当に大変なことで、大人でも岬まで歩くのはハードコアなこと。子どもたちを毎年連れて行っているのは、本当にすごいですよ。知床は本当にトップフィールドです。山に川に海に全てにおいて濃度の高い体験ができる稀有な場所。サステナブルという言葉を形骸化させないために、僕もきちんとその意識を頭の片隅において今後も活動していきたい

知床財団が今後、どのような活動をして、どんなビジョンを描いているのか教えてください

地域の人たちがいて、地域が豊かで元気であって、そうした地域の基盤があるからこそ、自然遺産が生きてくるんだと思います。地域の人たちに求められる活動を続けていきたいし、時には私たちの意志を地域の人たちにしっかりとお伝えながら活動していきたいと思っています。先ほど、写真を通して様々な課題のお話をしましたが、石川さんも仰っているぐらい知床にはポテンシャルがあると思っています。ですから、もっとポジティブに皆さんに体感してほしいし、もちろん体感してくださっている方も多いと思います。野生動物に「餌はあげないでね」とか「ごみの管理をしてね」とか、私たちが言い続けなくてもいいような時代が5年後10年後に来て、地域全体が知床の常識や前提として理解されていて、自然を体感し、没入できる場所として賑わってる。そんな風景が見ることができたらいいなと思います野生動物に「餌はあげないでね」とか「ごみの管理をしてね」とか、私たちが言い続けなくてもいいような時代が5年後10年後に来て、地域全体が知床の常識や前提として理解されていて、自然を体感し、没入できる場所として賑わってる。そんな風景が見ることができたらいいなと思います

知床財団提供
見続ける覚悟


これまでのお話で、知床の課題も含めて北海道を象徴していると感じています。知床の普遍的な価値は北海道の価値でもあると実感しました。石川さんは今後、どんな活動を予定していますか?

写真家は見て、見て、見て、見て、見て、見続けてずっと向こうになんかポッと浮かび上がる炎のようなものを見つめる職業だと思っています。どこかで区切って終わるということはなく、知床にはずっと関わっていきたいですし、ヒマラヤも色んな場所も一緒ですよね。その土地と一緒に年齢を重ねていくというか、生き続けることが大切だと思っているので。今日はずっと知床の話でしたが、僕は北海道全体がもちろん好きですし、4月から苫小牧市美術博物館で写真展「始まりの火山」を開催します。シチリアとイタリアにある島はすごく火山が多いんですね。「火山学の揺籃(ようらん)の地」と言われている地域で撮った写真を、樽前山など火山の麓の苫小牧で比較しながら展示する企画です。6月21日まで開催しているので、ぜひ見に来てください

今日は本当に濃密なお話をお伺いできました。お二人から聴講いただいた皆さんにぜひメッセージをお願いします

私は北海道出身ではないんですけど、移住してしまったぐらい本当に魅力があるなと思っています。石川さんが仰る通り、知床だけじゃなくて北海道全体に自然の美しさがあるなと思うので、知床含めて皆さんが色んな場所に行って色んな体験をしてほしいなと思います

北海道は北の端っこというよりは北方世界への入口という認識があるので、北海道にしろ知床にしろ、ここからアラスカやカナダとかを見に行く中で、また知床やこの北海道の好きな部分をもう一回見つめ直していけたらいいなと。これからもずっと通い続けていきたいなと思ってます

北海道の価値は、アウトドアを楽しむことでより実感できると改めて感じました。これから始まるグリーンシーズン、お二人のお話を思い出しながら出かけていただけたら嬉しいです。今日は本当にありがとうございました!

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