朝日小学生新聞 大井朝加
中国はこれまで世界各国にパンダを送ったり、貸し出したりして、国の運営にパンダを使ってきました。こうした「パンダ外交」はいつから、どのような目的で始まったのでしょうか。パンダ外交にくわしい東京女子大学教授の家永真幸さんに聞きました。

アドベンチャーワールドから返還されたパンダの楓浜(フウヒン)の誕生日にかけつけたファンたち=2025年11月、中国・四川省 朝日新聞社
政策への支持を求めておくる
元々パンダは、中国の中でも生息地である四川省の一部の人をのぞいて、あまり知られていませんでした。19世紀後半以降、パンダはそのめずらしさから、外国人による収集の対象となりました。その後、乱獲を心配した当時の中国・国民党政権は、1939年にパンダを国外に持ち出すことを禁止。国としてパンダを管理することにしました。
そうした中、日中戦争が続く1941年、国民党政権は、日本との戦争をアメリカ(米国)に支持してもらうための宣伝の一つとして、パンダを米国におくりました。
背景には、米国でのパンダブームがありました。1936年、米国の動物収集家が中国で、野生の赤ちゃんパンダを手に入れて米国に持ち帰りました。引き取った米シカゴの動物園には多くの人がつめかけ、パンダブームにわいていたのです。1946年には、イギリス(英国)にもパンダがおくられています。
この記事は有料記事です。
デジタル版をご購読いただくと、記事の続きをお読みいただけます。
今すぐ登録(キャンペーン実施中)
ログインする

購読のお申し込み
紙の新聞版
デジタル版
朝中高プラス
1,050円
月額(税込み)
著者
大井朝加
(朝日小学生新聞)
この記事をシェア
![]()
![]()
LINE NEWSやXでも受け取ろう!
SNSに登録すると記事の配信情報や特集記事などの情報が
簡単に受け取れます。
LINE NEWS
Xをフォローする
