凍えるようなソウルの夜10時少し前、尹錫悦大統領が深夜の発表を予定しているとの臆測がマスコミの間で広がり始めた。

  しかし大統領会見室に到着した記者らは中に入れてもらえず、閉め出された。扉の向こう側では、濃紺のスーツに赤のネクタイで身を固めた尹大統領がほぼ40年前の韓国民主化後初めて戒厳令を宣布し、国内外に衝撃を与えた。

Martial Law Declared In South Korea

「非常戒厳」を宣布した韓国の尹大統領(3日)

Source: 韓国大統領府/Getty Images

  6分間の国民向け演説で尹氏は、野党の「立法独裁」を非難し、韓国は「今すぐにでも崩れてもおかしくない」と主張。「国民の自由と幸福を略奪している悪徳な従北反国家勢力を一挙に粛清」し、「未来世代に正しい国を引き継ぐ」と約束した。

  今の韓国で戒厳令が導入されるとは、誰もが信じられなかった。数十年にわたる米国の主要同盟国で20カ国・地域(G20)のメンバーでもある韓国で、政敵を打倒するために軍が動員されるなどということが本当にあるのか。

  前政権の産業通商資源省で通商交渉本部長を務めた呂翰九氏は「まさに全員が驚いた」とインタビューで指摘。「韓国にいる自分の友人も含め、何が、どうして、どういうわけで起きたのか正確には分からない」と語った。

South Korea's Yoon Declares Martial Law in Emergency Address

韓国国会前に集まったデモ参加者(4日)

Photographer: Woohae Cho/Bloomberg

  大統領の宣布から20分も経たない間に、野党党首で今や次期大統領の有力候補と見なされる李在明氏は緊急議会に出席するため国会の建物へと急いだ。車中からライブストリーミングを始め、大統領が議員を逮捕するため軍を動員する可能性が高いとの見方を示し、視聴者に民主主義を守るため国会前に集まるよう呼び掛けた。

  大統領にとってはさらに悪いことに、与党「国民の力」の議員すらも衝撃を受けていた。同党の韓東勲代表は、戒厳令宣布は「誤り」で、これを阻止すると表明した。

  深夜0時ごろには軍のヘリコプターが議会の敷地に到着し、約230人の武装した兵士が国会の主要棟に入ろうとする議員やその側近らと小競り合いを始めた。同棟の2階のガラスは破壊された。

韓国国会での小競り合いの様子

Source: Bloomberg

  集まった議員が定足数の190に達すると、与党議員の20人を含む全員が戒厳令を無効とすることを支持した。4日早朝の4時半ごろ再びテレビの前に姿を現した尹大統領は、戒厳令の撤回を発表した。

  6時間にわたる混乱と眠れない夜を過ごした韓国民と世界は、尹氏がなぜ、このような無謀な動きに出たのか理解しようと努めている。成功の見込みがないことはすぐに明らかになり、今や尹氏が地位を追われる一方、同氏が非難したまさにその人物を次期大統領へと押し上げるきっかけを生んだ可能性がある。そうなれば、韓国は親北政策をとる公算が大きい。

  匿名を要請した韓国大統領府当局者によると、影響を最小限に抑えるため尹氏は予定外の記者会見で発表するという手法をとった。全て憲法上の手続きに従っており、尹氏が国会に入る議員らを阻止しなかったのは、議員の決定を尊重したからだと当局者は主張した。戒厳令では国会の機能停止を定め、尹氏は国会建物に軍を派遣していた。

同郷の国防相

  聯合ニュースが4日報じたところによると、大統領と同じ高校に通っていた金龍顕国防相を中心とする軍司令部の4人組が、大統領に戒厳令の宣布を進言し、3日夜の軍動員を後押しした。上級将校の多くは計画を承知しておらず、軍の「内部には混乱」が現在あると、「軍部および政界」の情報だとして聯合は伝えた。

  だが、金国防相は戒厳令の宣布について「全責任」をとると謝罪し、辞任を申し出た。全ての軍は自身の指示に従って行動したと説明した。大統領がこの辞任を受け入れるかどうかは明らかでない。

  野党は4日、大統領と国防相の弾劾訴追案を国会に提出した。議員の3分の2以上が賛成して可決すれば、大統領は職務停止となり、憲法裁判所が罷免の是非を判断する。

  尹氏は韓国史上最もわずかな差で2022年3月の選挙を制し大統領に就任して以来、孤立を深めていた。元大統領の汚職摘発で名を上げた検事出身の尹氏は、政界では当初からアウトサイダーで、同年終盤には夫人が300万ウォン(約32万円)相当の高級ブランドのバッグを受け取っていた動画が出回るというスキャンダルも発生。支持率は低下が続き、先月には17%に達した。 

South Korean Lawmakers Overturn President's Declaration Of Martial Law

反大統領のプラカードを掲げるデモ参加者ら(4日、韓国国会前で)

Photographer: Chung Sung-Jun/Getty Images

  尹氏は国民向けの演説で弾劾訴追案を「前例がない」と反発、野党が国をまひさせていると非難した。だが、今回のような賭けが成功すると同氏が考えた理由は、いまだ分からないままだ。

  大統領府の元当局者は、尹氏は政治的な基盤を持たずに政界入りしたため、周囲の当局者の多くは現場の状況を正確に説明してくれるような側近ではないと指摘した。

  4日のソウルで尹氏の弾劾を求めるデモに参加していたパク・サムチュン氏(76)は、韓国内の雰囲気をよく表していた。「恥ずかしい限りだ」と述べ、「尹氏はまるで5歳児だ。自分が何をしているのか、分かっていない」と語った。

原題:How Six Hours of Martial Law Reshaped a Stunned South Korea(抜粋)

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