能登半島地震直後に発生した石川県輪島市の「朝市通り」周辺の大規模火災現場では複数の人骨が見つかり、16人の死亡が確認された。このうち9人は骨の損傷が激しく、DNA型鑑定では身元を特定できなかったが、市が発見場所などを基に死亡認定した。東日本大震災でも取られた運用で、家族らが心の区切りをつける一助となっている。(金沢支局 石川泰平)

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亡くなったいとこの畠中雅樹さんが営んでいた朝市通りの金物建材店に立ちつくす畠中陽一さん(右)と妻の久美子さん(3月11日、石川県輪島市で)=桐山弘太撮影亡くなったいとこの畠中雅樹さんが営んでいた朝市通りの金物建材店に立ちつくす畠中陽一さん(右)と妻の久美子さん(3月11日、石川県輪島市で)=桐山弘太撮影 同市の美術家・畠中陽一さん(66)は3月1日、市の担当者から二つの骨つぼを受け取った。朝市通りで金物建材店を営んでいた、いとこの畠中雅樹さん(当時61歳)と、雅樹さんの母・三千代さん(同86歳)とみられる遺骨だ。

 その場に立ち会った警察官から、遺骨からDNAは出なかったと説明されたが、畠中さんは「骨が帰ってくれば葬式も挙げられる。心のけじめとして一歩進んだかな」と受け止めた。 斜め向かいに住む雅樹さんとは、幼い頃から一緒に遊んだ兄弟同然の仲。大人になってからも一緒にお茶を飲んだりして、たわいない話を楽しんだ。朝市の露店で九谷焼などを売っていた三千代さんは料理が得意で、海藻の「えご」を使った特製のゼリーは「店に出せる」と親族内でも評判の味だった。広範囲にわたって火災被害を受けた「朝市通り」(1月3日撮影、石川県輪島市で)広範囲にわたって火災被害を受けた「朝市通り」(1月3日撮影、石川県輪島市で) 地震前日の大みそか、畠中さん宅に誤って雅樹さん宅のおせちが届いた。持っていくと、雅樹さんは笑いながら「来ないなと思って、待っとってん」。これが、最後の会話になった。 元日の大地震で、畠中さんは妻の久美子さん(64)と外に飛び出し、直後に自宅1階部分が崩落。四つんばいになって雅樹さんの家へ向かうと、目の前で雅樹さんの家が「バシャッ」と潰れた。 大津波警報を知らせるサイレンが街中に鳴り響き、救出を断念して高台に避難した。そこで朝市通りの大火事を知り、雅樹さんの携帯電話に電話やメッセージ送信を繰り返したが、返事はなかった。 畠中さんは1月8日、捜索に入ったレスキュー隊員のもとに駆け寄った。「あの時間なら、2人は居間と台所辺りにいたはずだ」。間取り図を詳しく書いて説明し、2人と思われる骨が見立て通りの場所から見つかった。 今月7日、近親者で2人の葬儀を行った。畠中さんは「骨は間違いなく2人のものと確信している。2人そろって、お墓に入れてあげたい」と話した。 県警が1月に朝市通り周辺で行った捜索では、複数の人骨のようなものが見つかった。DNA型鑑定で身元の特定ができなかった遺骨について、県警は見つかった場所を市側に伝え、市はその情報を基に、家族に事情を説明した上で引き渡しを進めた。 身元特定できない遺骨は通常、発見された自治体に引き取られ、無縁仏として弔われる。法務省によると、東日本大震災では「家族や近所の人などの話を基に、(自治体が)死亡として扱う」とする運用が取られ、今回の災害でもそれにならって対応したという。

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