中国の陝西省考古研究院は3日、唐代の詩人・元稹(げん・しん)の後妻だった裴淑(はい・しゅく)の墓の発掘調査成果を発表した。出土した墓誌や陶俑などは、元稹の家系や晩唐の社会を研究する上での多くの史料の空白を埋めた。

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墓は2021年に同省咸陽市渭城区底張街道で発掘され、副葬品計91点(組)が出土。多くは赤陶製のウシやヒツジの像で、墓誌には楷書で38行、1308文字が刻まれていた。墓誌を記したのは唐代の文学者の韋絢(い・けん)で、元稹が自身の詩「離思」の中で「かつて滄海を経たれば水難しとなさず、巫山を除却すれば是れ雲ならず」と悼んだ亡妻・韋叢(い・そう)の年下の親族に当たる。


墓誌によると、裴淑は元稹の死から31年後に病没し、元稹や韋叢とは墓室は別ながら同じ墓に埋葬された。考古学者は墓から当時の葬送風習に関するいくつかの特徴を見いだした。墓は「新たな墓所を選定する」とした唐律に反して盛唐時代の古い墓を掘り抜いて造営されており、唐代の葬送に関する律法が実際にどのように運用されていたかを示す実物証拠となった。また、韋絢による墓誌は伝統的な様式に従わず、唐代伝奇の筆法を借りながら裴淑が元氏一族の家事を取り仕切ったことや、庶子らと家産をめぐり争ったことなどを遠回しに記述していた。



発掘責任者の李明氏は、裴淑墓は元稹と直接関連する初の考古学的遺構であり、元稹の人生を復元するだけでなく、唐代の文学史や門閥制度、葬送儀礼を研究する上でも貴重な実物資料になると語った。(提供/新華社)









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