71分、0-3からの逆転劇一一一。
昨シーズンのサッカー・J2リーグからJ1リーグへの昇格を賭けた試合で、1万試合に1回とも言える“大逆転劇”が起きました。
そんな奇跡の舞台となったのは、ジェフユナイテッド市原・千葉(以下、ジェフ千葉)のホーム、フクダ電子アリーナ(以下、フクアリ)。チームの諦めない心と、サポーターの熱狂がスタジアムを一体化させ、不可能を可能にしました。この歴史的な一戦に「マッチデースポンサー」として関わっていたのが、株式会社橋本電業社です。同社は、フクアリの照明や音響をはじめ、地域の生活を支える“明かり”を灯し続けてきた企業。
なぜ、彼らはジェフ千葉を応援し続けるのか。そして、あの“奇跡のマッチデー”の裏側にはどんなドラマがあったのか。代表取締役の橋本淳さん(以下、橋本)と、総務部部長の大島佳祐さん(以下、大島)、そしてジェフユナイテッド市原・千葉 事業本部の髙梨智久さん(以下、髙梨)にお話を伺いました。
“エンタメ空間”フクダ電子アリーナと橋本電業社の絆
ーーまずは昨年のジェフ千葉のJ1リーグ昇格、おめでとうございます! 橋本電業社さんが、ジェフ千葉の応援を始められたきっかけから教えてください。
橋本) きっかけはジェフ千葉さんのホームスタジアムであるフクダ電子アリーナです。2005年スタジアム建設時の電気工事を私たち橋本電業社が担当させていただきました。それを機に、年間シートを購入して応援させていただいていましたが、業績や取り巻く環境に、チームのJ2降格なども重なって、一度はジェフさんから離れてしまっていました。
転機となったのは2022年、フクアリの照明 LED化や音響システムの入れ替え工事で、再びご縁をいただいたことです。スタジアム内の看板掲出のお話だけでなく、ジェフさんの方からも改めて「クラブのスポンサーになってくれませんか」とお声掛けをいただきました。正直なところ、はじめは従業員100名規模の私たちの会社が“Jリーグクラブのスポンサーになる”ということは、とても高いハードルだと感じました。ただ、千葉市に身を置く企業としての使命、さらにジェフの営業担当の髙梨さんの情熱や熱量に心を動かされ、2023年から改めてスポンサーとして応援させていただくことを決意しました。
ーー改めてジェフ千葉のスポンサーとなった際、どのような期待を持っていましたか?
橋本)フクダ電子アリーナでの照明や音響は、私たちにとっても思い入れのある仕事です。私たちが手掛けた仕事に対して、選手やスタッフ、サポーターなどたくさんの人たちが満足し、喜んでくれる。そんなことを少しでも実感することができればと思いました。
また、少しでも知名度が上がれば求人活動にもプラスになるかな、という思いもありました。千葉県内でたくさんの電気工事をしてきていますが、なかなか一般の方々に“橋本電業社”を知ってもらう機会はないので、ジェフさんを通して知っていただければと思っていました。
ーーしっかりとビジネス的な意図ももたれていたのですね。
大島)「地域社会への貢献」という点でも意味のあることだと考えました。地元千葉市に本拠地を置くプロスポーツクラブであるジェフ千葉さんのファンが増え、スポンサーが増え、クラブが強くなることは、地元経済の活性化にもつながります。私たちは、ジェフ千葉の髙梨さんの熱い想いが原動力になりスポンサーになることを決めました。その想いに共感し、応援することは、“ジェフ千葉を盛り上げる”という意味で、地域への貢献にひと役買えるのではないかと感じていました。
満員となったフクダ電子アリーナ
顧客とともに歩み、育てられた80年の歴史
一一橋本電業社は創業から80年以上、橋本社長で3代目です。
橋本)「制御盤製作」、「公共工事」、「プラント工事」の3本柱を社業としていますが、もともとは電材屋として卸売からのスタートでした。ただ、事業のスケールや価格では到底大手さんには敵いません。そんなときにお客さまから言われて、電気工事の事業を始め、またお客様からの要望があって、制御盤を作り始めました。
「できる?」と聞かれれば「やります」と答え、お客さまの期待に応え続け、努力し続けてきた先人を誇りに思いますし、お客さまに育てていただいたからこそ、今の会社があると心から感謝しています。
ーーそうした積み重ねがあって、海外でも評価される現在の橋本電業社の形になっているのですね。
制御盤(写真左)やプラント事業(写真中)、公共電気工事(写真右)など幅広い事業で活躍する橋本電業社
フクダ電子アリーナの照明(写真左)、音響設備(写真中)も橋本電業社が工事に関わり、その“エンタメ空間”を支えています。
奇跡の試合のマッチデースポンサーへ
ーーそんな橋本電業社さんは、明治安田J1昇格プレーオフ2025準決勝「ジェフ千葉vs RB大宮アルディージャ」のマッチデースポンサーになりました。
大島)プレーオフの準決勝が12月7日(日)。12月1日(月)にたまたま別の用でジェフの髙梨さんとお電話しているとき、「マッチデースポンサーやりませんか?」という聞き慣れない言葉に耳を疑いました。マッチデースポンサーとしての費用面もさることながら、そもそも試合までの日程が短すぎて「冗談はやめてください」と言ったのですが、「いや、冗談じゃないです。やれますよ。検討していただけませんか?」と。
ーーそれが試合の1週間前。
大島)そうです(笑)。
たしかに、マッチデースポンサーとしてできる内容は魅力的でした。とくにエスコートキッズなどで、当社の社員とその子どもたちが、2万人近い大観衆のなかでフィールドに立つことは、想像しただけでワクワクしました。
「こんな貴重な機会はもう二度と来ない」と感じ、「もしかしたらジェフさんのマッチデースポンサーができるかもしれません」とすぐ橋本社長に相談しました。
選手入場時にその脇を固める「ランウェイ」も橋本電業社の社員が担いました。
橋本)大島さんからその内容を聞いて、「やれるものなら是非やりたい!」と、その場で決断しました。我ながらびっくりするくらいの即断即決でした。ただ「本当にうちがマッチデースポンサーなんてできるのかな?」 と疑心暗鬼でしたね(笑)。
ーーそこから本当に実現するわけですよね。
大島)翌日12月2日(火)、お昼前に髙梨さんから連絡がありました。「社内確認ができまして、是非お願いいたします!」と。
もうそこからは急転直下、年の瀬の12月の忙しい中、その日の夕方に急遽打ち合わせ。当時キャプテンの鈴木大輔選手までサプライズ登場し、約2時間にも及ぶ打ち合わせの末に「橋本電業社がジェフ千葉のマッチデースポンサーをする」という、当社にとって歴史的イベントが決まりました。
橋本)昇格をかけたプレーオフで、盛り上がるのは間違いありません。しかも場所は、私たちも思い入れのあるフクダ電子アリーナ。こんな条件のなかで橋本電業社の名前が出せる。「これはもうやるしかない」と腹を括りました。
今思っても不思議なことですが、そのときは負けることなんてまったく頭になく、「この試合は絶対に勝てる」という自信しかありませんでした。

0-3 からの逆転劇
ーーそんな紆余曲折もあり、橋本電業社さんがマッチデースポンサーとなりました。
大島)実質的な準備期間は残り3日間のみ、ジェフ千葉さんの全面的なバックアップもあって、なんとか当日を迎えることができました。我ながらよくやったと褒めてあげたいです。(笑)
一一大変だったなか迎えた試合は、相手にゴールを積み重ねられて「0-3」まで持ち込まれました。
橋本)なにしろ勝つ自信しかなかったので、余裕を持って試合観戦に臨んでいました。ですが、1点取られるごとに「これは真剣勝負なんだ」と現実を突きつけられ、不安がどんどん増していきました。髙梨さんは「今日のフクアリなら1点取れば流れが変わる」と言ってくれていましたが、正直「自分はもってないな」と落ち込んでいました。
大島)後半早々に3点目を取られ、正直もうダメかもと思いました。
橋本)ただ、髙梨さんの言っていた通り、1点を返した瞬間に劇的に雰囲気が変わり、スタジアム全体のボルテージが一気に急上昇しました。何か見えない力が後押しするかのような状態になり、当時17歳の姫野誠選手の活躍もあって大逆転に成功。最後のホイッスルが聞こえないほどの大歓声に包みこまれ、フクアリ全体が熱狂の渦に巻き込まれました。あんな興奮は、一生忘れることができません。

ーー2度と味わえないようなストーリーですね。
橋本)試合の興奮だけでなく、橋本電業社のことをサポーターがXで発信してくれたり、スタジアムに流れた私たちのCMに拍手をもらったり、たくさんお礼を言われたり、社員が喜んでくれたり、多くのエネルギーをもらうことができた1日でした。
あの絵に描いたような大逆転劇は、感情の起伏がとんでもなく激しく、かなり疲れましたが、一生忘れられない最高の1日になりました。
これからも“長く”ジェフとともに
ーーそんな奇跡の体験をしたジェフ千葉との関係性。これからどうしていきたいと考えていますか?
橋本) 橋本電業社は従業員100名の中小企業です。そんな私たちにとってスポンサー料は決して安いものではなく、社員が汗水流して働いた大事なお金を使うということを、会社の代表として絶対に忘れてはいけないと考えています。
『Man of the Match』を獲得した姫野選手にも、「選手が手にする年俸や賞金の背景には、私たちのような小さな会社もいるということをずっと忘れないでほしい」と伝えました。この日を通して、社内のジェフファンもどんどん増えてきています。微力ではありますが、これからもジェフの背中を押し続ける存在であり続けたいですね。
髙梨)姫野選手は、これから先もっともっと有名になって、たくさんのお金を稼ぐ選手になるかもしれません。そんな彼の人生の中で、橋本社長からは本当に大切な言葉をいただけたと思っています。シンデレラストーリーのようなデビューを果たした彼にとって、どんな未来になったとしてもこの言葉を思い出せれば大丈夫だと思います。
また、私たち“クラブの営業担当”としても、改めて“企業からいただいているお金”のありがたみを再認識させてもらいました。

ーー「1万試合に1回」の奇跡は、偶然ではなく、関わる人々の想いが引き寄せたものかもしれませんね。
橋本)まさに「フクアリの奇跡」ですよね。そんな試合に関われたことは、本当に運がよかったなと思います。でも、わが社の社員が強い想いを持って、日々一生懸命に取り組んできたからこそ、運が舞い込んできたと信じています。そして、いいご縁に恵まれたので、ジェフ千葉さんと、末長くご一緒させていただければと思っております。
ーーありがとうございました!

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