二つの国立ハンセン病療養所がある岡山県瀬戸内市邑久町の長島と本土の間に架けられた「邑久長島大橋」(全長185メートル)の開通から9日で38年となった。大橋は国の隔離政策からの解放の象徴として「人間回復の橋」と呼ばれた。療養所関係者らはその大橋をハンセン病問題に限らず、様々な人権課題を考える機会にしたいと、共生社会の実現をテーマにしたシンポジウムを初めて開催した。(中田敦子)
開通当時の邑久長島大橋=長島愛生園歴史館提供
シンポジウムは、1988年の開通日に合わせて、長島にある療養所の一つ「長島愛生園」で開催された。会場には重度障害児の家族や精神保健福祉士らも招かれ、同園の山本典良園長は、「国民が共生社会の実現を祈念する日にしたい」と提案。シンポジウムをその第一歩と位置付けた。
シンポジウムでは、架橋の実現に奔走した長島愛生園入所者の石田雅男さん(89)が講演。入所者が主体となった架橋運動の末に橋が開通した経緯を説明し、「人間らしく生きるためには自らの努力も必要だ」と強調した。
邑久長島大橋が架けられた際の思いを語る石田さん(岡山県瀬戸内市で)
現在では多くの人々が橋を渡り、同園が人権学習の場にもなっている現状についても触れ、石田さんは「橋が多くの人を導き入れてくれている。私たちがいなくなっても、愛生園が学習や憩いの場、安らぎの場として存在し続けてくれると信じている」と語った。
後半は、共生社会の実現に向けての現状や課題について、パネリストを招いた意見交換会も行われた。
染色体の異常による難病「18トリソミー」の家族らでつくる団体「HOME18岡山」(岡山市)の木多希子代表は、全ての子どもが障害の有無にかかわらず共に学べる「インクルーシブ教育」が実現していない現状を指摘した。
精神保健福祉士の山川ちづるさんは新型コロナウイルス禍での状況を振り返り「情報がないことで不安感を持った。どのように正しい情報を伝えていくかが重要だ」と述べた。
山本園長は「当事者が高齢化で亡くなってしまっても、ハンセン病問題や様々な人権課題について、みんなが『自分事』としてとらえてもらえるような社会になれば」と話していた。
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