公開日時 2025年09月09日 05:00更新日時 2025年09月09日 16:06

沖縄尚学の甲子園V、支えた父母会 会長は攻守で活躍した宜野座捕手の父・恵造さん
宜野座恵夢選手が甲子園の全試合でかぶっていた帽子と持ち帰ってきた甲子園の砂を手に「優勝」を喜ぶ父恵造さん=9月1日、沖縄県宜野座村の漢那区公民館

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琉球新報朝刊

 【宜野座】第107回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)で県勢として15年ぶり、学校としては初めての優勝を果たし、県民に感動と夢を届けた沖縄尚学高校。全国の頂点に立ったチームで、宜野座村出身の宜野座恵夢さんが攻守にわたって活躍した。恵夢さんの父親、恵造さん(49)=漢那区=は今季、同校野球部で父母会長を務めて、全国の舞台で戦う選手たちを後押しし続けた。

 恵造さんは「ごくごく自然な流れで自分が父母会長になっただけ」と謙虚に語る。父母会長の就任後は資金造成など苦労も多かったというが「甲子園や神宮球場、九州大会と、貴重な夢舞台を共に経験できたし、良き出会いに恵まれ、感動や歓喜が何倍返しにもなった」と、達成感をにじませた。

 恵夢さんは幼少期から、地元の漢那区農村公園で恵造さんとキャッチボールに励んだ。「恵夢にはキャッチボールの大切さを常に指導していた」と、100メートル近い広さの公園いっぱいに投げ合う親子のキャッチボールは、恵夢さんの沖縄尚学入学まで続いた。

 学童野球時代、投手と捕手の「二刀流」だった恵夢さんは、宜野座村が阪神タイガースの春季キャンプ地である縁から、憧れの梅野隆太郎捕手に指導を受けたことをきっかけに、本格的に捕手を志した。

 恵造さん自身も宜野座高校野球部から県外の専門学校、社会人野球と活躍した。帰沖後は、宜野座村に硬式野球育成会を設立。中学での軟式野球を終え、高校進学後も野球を続ける生徒に硬式野球を指導した。

 宜野座村野球場のグラウンド整備も担当した。甲子園球場を整備する阪神園芸からも直々に技術を学び、恵造さんの芝管理は高評価を得ていた。

 恵造さんは「恵夢の野球人生は次のステージに進むが、これからは程よく応援していきたい」と語った。(池辺賢児通信員)