女の子が亡くなったことは、容疑者が今月逮捕されるまでおよそ18年間、発覚しませんでした。

背景には女の子の居住実態が確認できないとして、自治体が住民票を抹消していたことなどがありました。

警察によりますと、女の子は2000年10月に八尾市で生まれ、翌月に母親である容疑者の姉から八尾市役所に出生届が出されていました。

2002年ごろ、容疑者の姉は女の子を連れて当時住んでいた場所から八尾市太子堂にあった実家に戻り、容疑者の父親と祖母とともに4人で生活を始めます。

一方、容疑者は当時、大阪 平野区の集合住宅で母親と交際相手とともに暮らしていました。

八尾市は出生届に記載されていた住所に送った郵便物が宛先不明で返送されたことなどから、2002年5月に女の子の居住実態を調査。

記載された住所には住んでいないことを確認した上で、女の子の現住所を登録するよう求める文書を実家に送りました。

これを受けて、2003年1月に容疑者の父親が市役所を訪れ、女の子と同居していることや、事情があって住民票を移せないことを職員に伝えたということです。

その翌年の2004年ごろ、容疑者の姉は女の子を実家に置いて家を出ていきました。

その年の6月、容疑者の父親は再び市役所を訪問し、「女の子が母親とともにどこかへ行ってしまった」として、2人の住民票を抹消するよう求めたということです。

これを受けて、八尾市は女の子の居住実態がないと判断。

2004年9月に住民票を強制的に抹消する「職権消除」と呼ばれる手続きを取りました。

しかし、警察によりますと、この時、女の子はまだ実家で容疑者の父親とともに暮らしていたとみられ、2005年3月には八尾市内の病院を受診していたことも確認されたということです。

一方、八尾市によりますと、乳幼児健診の記録や保育園などに通った記録はなかったといいます。

そして2006年10月ごろ、容疑者の父親は、面倒を見られないとして、女の子を大阪 平野区に住む容疑者のもとに預けます。

警察は女の子がその翌年の2007年までの間に亡くなったとみています。

その後、2012年ごろに容疑者の別の親族が行った失踪宣告の申し立てが裁判所に認められ、容疑者の姉と女の子は法律上、死亡したものとみなされて2013年に戸籍が抹消されていました。

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