少数派イスラム教徒ロヒンギャの人々の証言を基に紡がれた映画『LOST LAND/ロストランド』の一般公開が4月24日、始まりました。相前後してフランスや南米コロンビアなどでも公開が始まっています。「【藤元明緒監督 独占手記】第82回ベネチア国際映画祭で感じた芸術の価値」(2025年11月5日付)や、「『LOST LAND/ロストランド』が公開 遠い場所の物語はなぜ私たちに届くのか」(2026年4月20日付)で紹介した通り、本作品は映画と社会の接点も強く意識しており、日本では公開早々に主演のロヒンギャの姉弟がオンラインによる舞台挨拶を果たしたほか、藤元明緒監督が在日ロヒンギャと対談するなど、インパクトキャンペーンと呼ばれる取り組みが積極的に行われています。

 これに先立ち4月上旬、アジア映画を通じて社会やアイデンティティを問い直す作品を多く紹介するオランダのCinemAsia 映画祭でも、本作品の上映にあたってロヒンギャ難民が登壇しました。ドイツ在住の駒林歩美さんが報告します。

 

オランダで開かれたCinemAsiaの一コマ(2026年4月、筆者撮影)

 オランダのアムステルダムで4月8日から4日間にわたり「CinemAsiaフィルムフェスティバル」が開催され、アジアにルーツを持つ監督による44作品が上映された。この映画祭は、多様性に富むアジア文化に対する認知向上を目的にしたもので、在欧のアジア関係団体や大使館、在蘭の基金などから支援を受け、アジア系のスタッフによって毎年運営されている。

 18回目となった今年は、東アジアから東南アジア、南アジア、中央アジアまで幅広い国の作品が集められ、アイデンティティや家族、歴史、迫害など、さまざまなテーマを扱う映画が上映された。その一つ、日本の藤元明緒監督による『LOST LAND/ロストランド』が描いたのは、バングラデシュからマレーシアまで逃れようとする少数派イスラム教徒ロヒンギャの幼い姉弟だ。上映後にゲストとして登場したオランダ在住のロヒンギャ難民、シュエヌー(以下、アジズ)氏が、映画について感じたことや、ロヒンギャを取り巻く状況について語った。

ロヒンギャにとっての「真実」

 「これはただの映画ではありません。私たちロヒンギャの本当の生きた歴史です」

 2021年の終わりに妻と娘とともにオランダにたどり着き、難民としてオランダ政府の庇護を受けて暮らすロヒンギャのシュエヌー(アジズ)氏はそう語る。1992年にミャンマー南西部のラカイン州で生まれた彼は、ミャンマー政府から国籍を付与されず、基本的人権も否定されて育った。2017年、生まれた頃から暮らしていた村がミャンマー国軍に襲撃され、バングラデシュに逃れた。数千人から数万人のロヒンギャが殺害され、70万人以上が国外に逃れた当時のことを、アジズ氏はこう振り返る。

 「ある日、私たちの村にミャンマー国軍が『トラブルが起きるかもしれないという情報を得た』と言ってやって来ました。そして教育水準が高く、比較的裕福な村人が呼び出されたのですが、そのまま次々と捕えられ、私の義理の兄は殺され、18歳未満だった私の甥2人は逮捕されました。

 その翌日、国軍兵士と仏教徒の暴徒が来て村を襲撃し、子どもたちや高齢者を含め、村人を殺していったのです。若い女性は連れ去られ、レイプされた後に銃で撃たれました。家屋も放火の末、焼き払われました。私はこれらを自分の目で見たのです」

 しかし、たどり着いたコックスバザールの難民キャンプでも暮らしは厳しく、権利が制限され、未来を見出せなかった。そこで、苦渋の決断の末、危険を伴うと分かってはいたものの、より権利が保障される環境を求め、さらに先を目指すことにした。2018年初め、母からもらった資金を元に人身売買業者に大金を払い、インド、ミャンマーを通ってタイへ渡った。タイでは事業を営んで資金を貯め、人間としての尊厳を得られる場所に向かうために準備を重ねた。新型コロナウイルスの影響で足止めを受けたものの、3年後に業者の作った身分証明書を持ってオランダに渡ったのだった。

ロヒンギャの人々を乗せたボートの海難事故を伝えるUNHCR BangladeshのFacebookポスト

 「この映画で描かれているのは、まさに私が経験したことです。私はバングラデシュから38日かけてタイへ向かいました。ジャングルの中を歩き、船で移動しました。道中、亡くなった人の遺体が遺棄されるのもこの目で見ました。時には身をひそめなければならず、ジャングルや水の中に隠れたこともあります。大金を払ったのに人身取引業者には事前の約束と違うことを言われ、何も食べられず、水も飲めず、眠れないこともありました。彼らの指示に従わざるをえなかったのですが、非常に危険で困難な道のりでした。これがどれほど過酷なものか、実際に経験しなければ分からないでしょう」

 「無国籍者」という意味

 ロヒンギャは、1982年に制定された市民権法によってミャンマーで正式な「国民」と認められなくなり、無国籍者のような状態に置かれている。パスポートを取得できず、国内では選挙権どころか、移動の自由や教育・就業の権利も否定されている。

 「私の母は教師で、父はラカイン州の内務省で働いていましたが、市民権法によって仕事を失いました。公務員の子どもである私も、ミャンマー国民として認められていません」。その不条理について、アジズ氏は悔しそうに語る。

 無国籍者であるロヒンギャが外国に行くためには、ほとんどの場合、人身売買業者を頼り、密航するしかない。しかし、それは各地で当局の監視から逃れてジャングルや海の中を移動することを意味し、命の危険を伴う。映画ではマレーシアを目指すロヒンギャ難民の過酷な旅路が描かれ、途中で衰弱死する人や、暴力や発砲で亡くなる人も描かれる。

 「映画を見て当時を思い出し、辛い気持ちにもなりましたが、これはすべてのロヒンギャにとっての真実です。ですから、その現実を国際社会に伝えようとしたこの映画の関係者には心から感謝を申し上げたいです。見て心が痛む人もいるかもしれませんが、これは現実です。私たちロヒンギャは、数十年にわたる差別、追放、そして暴力を経験し、生き延びた人々のほとんどが故郷を追われ、世界中で難民として暮らしています」

映画『LOST LAND/ロストランド』本予告|4月24日全国ロードショー

 オランダで難民認定を受け、権利を保障されたことで、アジズ氏は初めて人間の尊厳を持って扱われたと感じたという。

 「オランダ政府は協力的で、必要なことをサポートしてくれました。難民にもオランダ国民にも、すべての人に平等な権利が与えられるのです。今は(言語や職業の訓練などの)社会への統合プログラムをちょうど終え、就労を目指してさまざまな仕事に応募しているところです」

いまだに根深い差別と虚構

 2021年2月のクーデターで権力を奪った軍事政権に対抗し、かつての閣僚や民主主義支持者らによって設立された国民統一政府(NUG)は、多民族から成る連邦制民主国家を掲げる。アウンサンスーチー政権下で社会福祉大臣として2017年以降にロヒンギャ問題を担当し、現在もNUGの閣僚を務めるウィンミャットエー大臣は、クーデター以降、ロヒンギャに対して公式に謝罪した。同大臣は、2017年のBBCのインタビューに対しても、テロリストに対する対抗措置であると述べていた。

 NUGは、2023年夏にロヒンギャの人権活動家であったアウンチョーモー氏を人権省副大臣として任命し、ロヒンギャの権利を推進する動きを見せている。ロヒンギャの国籍を否定する現行の市民権法についても廃止を明言しているが、実効支配のないNUGに現実社会で変化を起こす力はない。

 さらに、ミャンマーにおけるロヒンギャに対する偏見は根深いとアジズ氏は話す。

 「NUGがロヒンギャに謝罪するのは、差別を続けていると国際社会から支援を得られないためだと私は思います。彼らも以前はロヒンギャを差別的に『ベンガリ』と呼び、私たちをミャンマーの一部として認めませんでした。ウィンミャットエー大臣がバングラデシュの難民キャンプに来たときに、私たちは『祖国に帰りたいのです。私たちには権利が必要です、どうか助けてください』と伝えると、彼は『あなたたちが本当にミャンマー市民かどうか、全員を確認する必要がある』と言ってきました。オランダに来てから国際司法裁判所(ICJ)前で話したNUG高官にも、ロヒンギャが真摯に受け入れられているとは思えませんでした」

 2019年、イスラム教徒が人口の大部分を占める西アフリカのガンビア政府は、ICJでロヒンギャ虐殺についてミャンマー政府を提訴した。それに対してミャンマー側は異議申し立てをし、同年12月の予備審理に出廷したアウンサンスーチー国家顧問(当時)はジェノサイドの意図を否定。国軍による過剰な武力行使は認めた一方、ラカイン州の複雑な民族間紛争における対反乱作戦であるとし、ロヒンギャを擁護しなかった。そのため、当時、スーチー氏の答弁は人権軽視として国際社会から強い反発を受け、1991年に受賞したノーベル平和賞の剥奪を求める声も上がった。しかし、国民から広く支持されていたスーチー氏の答弁は、ビルマ族を中心とする国民からは “We Stand with you”と擁護され、国家主義者からも、外国の干渉から国の尊厳を守ったとして支持された。一方、ロヒンギャの間ではそうした政府や国民の姿勢に対して大きな落胆が広がっていた。

 たが、クーデター後の2022年2月、NUGは訴訟に対する軍事政権による異議申し立ての取り下げを表明。同年7月、ICJは裁判の管轄権と審理適格性を認めて異議申し立ては退けられた。2026年1月にはICJで本審理が始まり、ミャンマー側代表として軍事政権側のコーコーライン氏が答弁に立って国際法の違反を否定した。軍事政権に反対するミャンマー市民からは、国際的な裁判所での審理進展に期待する声もある。

 「今年1月の本審理の際、ICJ前にビルマ人が集まり、軍事政権に対して抗議をしていました。しかし、それに対して違和感を覚えた私は、彼らに向かって『2019年にアウン・サン・スー・チー氏が出廷したとき、あなたたちはなんと言っていたのか覚えていますか?』と言いました。NUGも含め、軍事政権に対抗するために、これらの裁判を活用したいと考えている人が多いのだと思います。ロヒンギャに対するオンライン上でのヘイトコメントも、『ベンガリ』と呼ぶ人も多く目にします。私たちがラカインに帰れるとは思いません」と、アジズ氏は冷ややかに語る。

映画『LOST LAND/ロストランド』のワンシーンより ©2025 E.x.N K.K.

 一方、2021年にミャンマーで国軍によるクーデターが起きた後、迫害される立場になった一部の活動家や若者たちから「これまでロヒンギャの人々を差別してきたことを後悔している」と謝罪する動きがあった。それについては、彼らの真摯な言葉だろうとアムステルダム自由大学アシスタント・プロフェッサーのマアイケ・マテルスキ氏は、指摘する。

 「ロヒンギャへの謝罪をした若い活動家は、本心からそう言っていたのだと思います。国の検閲下にあってロヒンギャに差別的なナラティブの情報しか得られないミャンマーの大多数の人々よりも、そういった若者はソーシャルメディアなどを駆使し、より多くを知っていると考えられます。しかし、彼らがロヒンギャへの考えを改めたとしても、政治的には影響力を持ちません。さまざまな点で分断されたミャンマーにおいて、全体を語るのは非常に難しいのです」

 映画祭会場で本作品を見ていた、オランダ在住のヤンゴン出身のビルマ族の若者は、クーデター以前にアウンサンスーチー政権をも批判していた進歩的な学生団体と関係が近く、当時からロヒンギャの権利についても擁護していたと話す。ロヒンギャに対する差別は根深いとしても、さまざまな考えがあるというのも事実であるようだ。

さらに困窮するロヒンギャ

 アジズ氏は言う。「クーデター後、ミャンマー市民の誰もが苦しんでいることは理解しています。しかし、私たちロヒンギャは、ミャンマーの他の人たちとは違います。ロヒンギャはビルマ人に受け入れられているようには思いません」

 2017年に70万〜80万人以上のロヒンギャがバングラデシュに逃れた一方、60万人ほどがラカイン州のマウンドー市周辺に残った。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ミャンマーでは2026年3月時点で約370万人が国内避難民となっており、そのうち無国籍者が約52万人(そのうちラカインに22万人以上)いる。無国籍者の大部分はロヒンギャであると想定されており、その困窮は想像に難くない。

 国内のロヒンギャに対する人道支援は2024年前後から制限され、世界食糧計画(WFP)や人権団体などによって飢餓リスクが警告されてきた。2024年には、国軍との戦闘状態にあったアラカン軍(AA)によって数万人が特定地域への移動を強いられた。人権団体によると、ロヒンギャ男性の強制徴用や家屋の破壊、数百名の殺害も報告されている。

 現在、ラカイン州を支配するAAによるロヒンギャへの深刻な人権侵害がたびたび報道されるなか、過密状態にあるコックスバザールの難民キャンプには、2024年夏以降、15万人以上が流入した。一方、同キャンプに対する最大の資金提供者だったアメリカからの支援が第二次トランプ政権下で停止され、資金難のキャンプでは栄養、医療、治安状態が悪化し続けている。バングラデシュ政府もロヒンギャの就労や教育、移動を制限しており、難民キャンプでの暮らしも持続不可能な状態が続く。2017年のロヒンギャの民族浄化を指揮したミンアウンフライン旧国軍総司令官は、今年4月初め、ミャンマーの大統領に任命された。

 希望を見出しにくい状況だが、アジズ氏は「ロヒンギャの声を聞いてほしい、連帯してほしい」と話す。

 私たちにできることは、ロヒンギャ・ミャンマーについて話をして、何が起きているか周囲に気づきを与えること、そして政府に対して正義が果たされるよう、働きかけ、できることを探していくことだと、アジズ氏は言う。

 映画『ロストランド』には、直視するのが難しい場面もある。しかし、映画を見て、困難な状況に置かれ続けるロヒンギャの人々に思いを馳せ、自分に何をできるかを考えることが、まず第一歩ではないだろうか。

 

【作品情報】
2025年/日本=フランス=マレーシア=ドイツ
脚本・監督・編集: 藤元明緒
出演: ムハマド・ショフィック・リア・フッディン、ソミーラ・リア・フッディンほか
配給: キノフィルムズ
企画・製作: E.x.N
©2025 E.x.N K.K.

※ 2026年4月24日よりヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinéma新宿、ポレポレ東中野ほか全国公開中

 

 

 

 

執筆者プロフィール

(こまばやし・あゆみ)東京都出身、ドイツ在住。オランダ・エラスムス大学にて経営学修士、イギリス・UCL教育大学院にて教育学修士を取得。東京で外資系企業や教育ベンチャー企業に勤務した後、ミャンマーやベトナムで国際協力に従事した。現在はドイツから調査や編集ライターの仕事に従事し、欧米事情などを日本に伝えている。。

 

 

 

Share.