金ピカのスパンコールの着流しにちょんまげ頭でダンサーを従えて「オーレーオーレー」と歌い踊り、見えを切る“上様”。「マツケンサンバ2」を初めて見た時、度肝を抜かれた人が多かっただろう。
「大人には暴れん坊将軍とのギャップがあったみたいですね」。2004年にCD化され、年末のNHK紅白歌合戦にも出場。最近も「第2次マツケンブーム」と言われ、人気が再燃している。いずれも支持の中心は、暴れん坊を見ていないであろう若い世代だ。 楽曲は舞台から生まれた。テレビドラマで好調の「暴れん坊将軍」は1980年から何度も舞台化され、後半にはショーを上演。そのフィナーレに音頭、数え歌、小唄などが年々、代わる代わる披露されていた。テンポが速くなる音楽の流行に合わせ、ラテン系のリズムを取り入れ、92年頃に「マツケンサンバI」が、94年に「2」が誕生した。 衣装は現在と同様、リオのカーニバルをイメージした金色の総スパンコール。「海外で生地を買って作ってもらいました。足袋まで金色なので、よく見に来てくれた山田五十鈴先生が感激していました」
当初の振り付けは異なり、97年夏の米国公演から現在の形になった。手がけた
真島(まじま)
茂樹とは20年以上前の劇団フジ時代、真島が所属する日劇ダンシングチームとの合同公演で出会った。真島が日舞の心得もあると知り、着物の振り付けもできると考えて依頼した。
観客からは好評だったが、当時は大手レコード会社からCD化を断られ、自主制作して劇場で販売した。2003年頃、名古屋のFM局が深夜番組で紹介したことで受験生を中心に火が付き、一気にブレイク。各地の運動会で子供たちが踊るなど、社会現象化した。 ブームは海も越えた。04年の歌番組で共演したビヨンセが「もっと見たい」と絶賛。翌年の米紙ニューヨーク・タイムズでも紹介された。近年は「マツケンは開運スポット」と言われており、「びっくりしました。(衣装が)金だからでしょうね……」と苦笑する。 「腰元ダンサーズ」を従え、上様と呼ばれがちだが、「暴れん坊将軍」の吉宗とは関係ない設定だという。「暴れん坊の放送中は役のイメージを壊さない仕事を選んでいたけど、色んなことに挑戦しようという思いがありました。何でもやらなきゃいけないって」。思い切った仕事ぶりには、そんな心境の変化もあった。(松崎美保)◇ 真島さんは22日、虚血性心不全で死去した。松平さんは「踊りを愛し生涯ダンサーを貫き通したマジを尊敬し称賛します。長年苦楽を共にして造った作品をこれからも皆さんに楽しんで頂けるよう、私も歌って踊り続けたいと思います」などとするコメントを発表した。
![[テレビ] [週刊エンタメ]STORY・松平健 俳優<3>ビバ!!金ピカの上様 若者魅了 [テレビ] [週刊エンタメ]STORY・松平健 俳優<3>ビバ!!金ピカの上様 若者魅了](https://www.walknews.com/wp-content/uploads/2024/05/1717113012_20240530-OYT8I50097-1-1024x576.jpg)