日本にしか存在しなかった“type R”
ホンダのNSX type Rの車内。
往年の国産車が海外で大人気を博しているのは、今さら紹介するほどのことでもありません。JDM(Japan Domestic Market)フィーバーなどと呼ばれていますが、これはアメリカで基準を満たさない右ハンドル車であっても、製造から25年が経過すればクラシックカーとして輸入、登録可能となる制度が口火を切ったとも言われています。
が、個人的には映画「ワイルドスピード」や、ゲーム「グランツーリスモ」が大きな役割を果たしたのだと考えます。とりわけ、NSX type Rは国内専用モデルのサーキット無双として君臨しただけあって、JDMはもちろん、メディアの世界でも神格化されているようです。
そもそもNSXは北米市場向けに「アキュラNSX」として左ハンドルモデルが当時から新車販売されていたにもかかわらず、現代のマニアたちは、わざわざ日本から「右ハンドルのNSX」を輸入することでステータスを見出しているとのこと。右ハンドルが、「100%本物の日本製」であるという証明になり、映画中でヒーローたちが左手でシフトノブを操っていた「あの頃の夢」を完璧に再現できるからだとか。
そして何より、彼らが右ハンドルを強烈に欲する最大の理由は、日本国内でしか正規販売されなかった最高峰モデルが存在するからに他なりません。それこそが「Type R」なのです。
振り返ってみれば、初代NSXの根底にあったのは、当時のフェラーリやポルシェといった欧州の既成概念に対する明確なカウンターでした。「速いけれど運転が極めて難しく、快適性とは無縁」という当時のスーパーカー像を、ホンダは世界初のオールアルミ・モノコックボディと「人間中心」の設計思想で見事に打ち砕きました。
日常の街乗りからサーキットまで、誰もが快適にポテンシャルを引き出せる「快適なF1」という全く新しい価値観こそが世界へのファーストインパクトだったのです。
