5 隠れたチャンピオン (Hidden Champion)

「隠れたチャンピオン」の命名者は、ハーマン・サイモン(Dr. Hermann SIMON)(サイモン・クチャー&パートナーズ名誉会長)であり、 書籍『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』(2012年、原著2009年)の中で初めて使用した言葉である(注1)。

Dr.ハーマン・サイモン(Herman Simon)による「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」の定義は以下の通りである。

①世界市場で3位以内に入るか、各大陸市場で1位。市場の地位は一般的に市場シェアで決まる
②売上高が40億ドル以下
③世間からの注目度が低い

ハーマン・サイモン氏は、かつて経済産業研究所を訪問し、日本と日本企業への教訓についての講演を行った(2011年10月21日開催 RIETI BBLセミナー「21世紀の隠れたチャンピオン- 世界で活躍する中小企業の成長戦略」)。その抜粋は、以下のとおりである(注2)。

経済産業研究所(RIETI)世界の視点から「21世紀の隠れたチャンピオン」 2012.08.08 ハーマン・サイモン(Dr. Hermann SIMON) サイモン・クチャー&パートナーズ会長

日本にはドイツより大手企業が多い。日本にはフォーチュン・グローバル500企業が68社あるが、ドイツには34社しかない。しかし、日本の輸出額はドイツの半分である。日本の隠れたチャンピオン企業の数は、ドイツの6分の1に過ぎない。

日本の中小企業とドイツの隠れたチャンピオン企業には、はっきりした違いがある。日本の中小企業は海外に目を向けず、むしろオペレーション面や効率性に気をとられている。企業文化、リーダーシップのスタイル、言語に関しては、依然としてかなり日本中心である。ドイツの隠れたチャンピオン企業は、より多くの外国人を雇用し、責任を任わせている。日本の中小企業は、かなりリスク回避的である。この姿勢は、組織が新しいことを習得することを大きく妨げる。

日本の中小企業の多くは、隠れたグローバル・チャンピオン企業になるだけの社内的な能力と技術力を持ちあわせている。しかしながら、ドイツの隠れたチャンピオン企業のように、精力的、迅速に国際化を進めていないため、潜在力を十分に生かせていない。日本はこのような自己抑制によって、グローバリゼーションの進展につながる多くのチャンスを逃している。

ドイツの隠れたチャンピオン企業は、日本の中小企業や、若くて野心的な起業家が同じような戦略を追求する上でのロールモデルとなり得る。日本企業は、世界で成功できる潜在力を秘めている。中小企業の国際化を大胆に進めることにより、日本の弱い輸出力を高め、高度な仕事を新たに創出できる。

図表1 世界市場シェア70%以上を持つ隠れたチャンピオン企業
図表1 世界市場シェア70%以上を持つ隠れたチャンピオン企業

出典 株式会社 東レ経営研究所 経営センサー 2012.9

図表2 隠れたチャンピオンの国別数
図表2 隠れたチャンピオンの国別数

出典) Hermann Simon(2022), Hidden Champions and the Development of Regions, April 2022 IAR Journal of Business Management 3(02):1-5, DOI:10.47310/iarjbm.2022.v03i02.001
LicenseCC BY-NC-ND 4.0

それでは、隠れたチャンピオンの具体的なイメージを持っていただくために、実例を2社挙げる。

隠れたチャンピオンの1社目は、ミュンヘン近郊に拠点を置くヴァンツル社(wanzl)である。バイエルン州政府日本事務所からの紹介である。

本稿の読者の皆様方は、外国に行かれて、空港のカートを利用されると思うが、そのカートはどの国に行ってもほとんど同じだと気付かれただろうか。どれもがっしりしたドイツ製であり、wanzl社が世界の空港カート市場の大きなシェアを持っている。空港のカート市場という極めてニッチな市場だが、それでも世界の大部分のシェアを獲得することで大きな売り上げを達成している。

同社ホームページによれば、2021年、従業員4459人で年間売り上げ829Millionユーロ(1.4兆円(1€=170円))を達成している。従業員1人につき3.1億円の売り上げであり、驚異的な数字である。

ヴァンツル社(Wanzl GmbH & Co. KGaA)は、世界最大のショッピングカートおよびスーツケースカートメーカーである。ドイツ・ミュンヘンの近郊のライプハイムに本社を置く同社は、8カ国に12の工場と27以上の営業所を持ち、約4,459人の従業員を擁し(2021年)、年間生産台数は約200万台である。

1918年、ルドルフ・ヴァンツル・シニアは、ズデーテン地方(現在のチェコ共和国の一部)のギーバウに錠前屋を創業し、その後、従業員20名を擁する計量器製造会社および農業機械会社へと発展させた。1947年にドイツ人がこの地域から追放された後、ルドルフ・ヴァンツル・ジュニアはライプハイムに計量器製造・修理工場として会社を再建した。

1950年代初頭、ルドルフ・ヴァンツルは米国へ渡り、ショッピングカートの発明者であるシルヴァン・ゴールドマンと出会った。彼はすでに自身でより操作しやすいバージョンを設計しており、これが今日使用されているすべてのショッピングカートの原型となった。1951年、固定バスケット付きの最初のショッピングカートが特許を取得した。1956年までに、ヴァンツルの従業員数は74人に達した。

1960年代、生産能力増強のため、キルヒハイムに新工場が開設された。ドイツでますます大型化するスーパーマーケットのニーズに応え、ヴァンツル社は製品ラインアップに手動式回転式改札機を導入し、1966年までに、同社の従業員数は400人に達した。

1970年代、同社初の海外支店が設立された。1978年、同社は食料品業界における卓越した業績をたたえられ、「ゴールデン・ツッカーフート賞」を受賞した。

1980年代、DIYストアの人気上昇に伴い、生産量はさらに増加し​​、同社はイギリスとベルギーに販売拠点を開設した。1989年までに、Wanzlの従業員数は1,600人に達した。

1990年、ライプハイムに第4工場が開設された。現在、この工場は同社の本社となっている。1998年、社長を10年間務めたゴットフリート・ヴァンツルが父から事業全体の経営を引き継ぎ、香港新空港への荷物カート納入といった大型受注により、従業員数と売上高はさらに増加し、1999年には、年間100万台のショッピングカートを生産した。2005年、ヴァンツルはバイエルン品質賞を受賞した。

空港において、Wanzlの荷物カート、入退場管理システム、空間仕切りは、世界中の鉄道駅や空港で使用されている。顧客には、フランクフルト、香港、パリといった主要な航空輸送ハブが含まれ、Wanzlの荷物カートは、ロンドン・セントパンクラス駅のユーロスターターミナルでも使用されている。

生産拠点については、Wanzlは、ライプハイムに3カ所、シュヴァーベン地方のキルヒハイムに1カ所、そしてフランス(セレスタ)、チェコ共和国(フニェヴォティーン)、中国(上海)にそれぞれ1カ所ずつ生産拠点を有している。

隠れたチャンピオンの2社目は、ケルンに拠点を置くイグス社(igus SE & Co. KG)である(注3)。

会社概要:
設立:1964年10月15日、ケルンで創業(家族経営企業)
株式は全てブラーゼ家所有(公開していない)
創業者:グンター・ブラーゼ(Günter Blase)
本社:ノルトライン=ヴェストファーレン州ケルン
会長:フランク・ブラーゼ(Frank Blase)
CEO:Tobias Vogel, Artur Peplinski, Michael Blass and Dr Thilo Schultes
事業内容:モーションプラスチック®(可動部向け高機能プラスチック部品)の製造・販売
主力製品:ケーブル保護管「エナジーチェーン」、可動ケーブル「チェーンフレックス」、樹脂ベアリング「イグリデュール」ほか
世界37カ国に拠点、50の販売代理店で80カ国以上で事業を展開 生産拠点はドイツ、米国、中国にある(2025年時点)
年間売上高 11億500万ユーロ(2024年) =約2,000億円(1€=180円)
従業員数 5,215人

図表3 従業員数の時間的推移
図表3 従業員数の時間的推移

出典)イグス社

図表4 売上高の時間的推移
図表4 売上高の時間的推移

出典)イグス社

創業者は職人気質だったので、委託加工を約20年間続けていたが、米国のビジネススクールで学んだ息子がCEOとして後を継ぐと、米国への進出を皮切りにグローバル展開が開始された。日本へは1986年にイグス製品が初めて紹介された。当時、金属製のケーブル保護管を扱っていた商社が、欧州の展示会でイグスの樹脂製ケーブル保護管を見つけた。日本では工作機械分野を中心に採用が進んだ結果、ケーブル保護管では国内トップシェアにまで成長した。

図表5 世界への進出状況の推移
図表5 世界への進出状況の推移

出典)イグス社

図表6 イグス社による100%プラスチックの自転車(上)、自動車で100%プラスチックを目指す(下)
図表6 イグス社による100%プラスチックの自転車(上)、自動車で100%プラスチックを目指す(下)

出典)イグス社

(次稿に続く)

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