2018年7月の西日本豪雨で壊滅的な被害を受けた愛媛県宇和島市のミカン農家の男性が、崩れた畑の一角で奇跡的に残ったミカンの木に勇気をもらい、再起を果たした。男性はミカンの魅力をSNSで発信し、今やフォロワーが2万7000人を超える。豪雨から8年が過ぎ、「奇跡の木」の周りには若木が育ち、青々とした実をつける。(松山支局 氷見優衣)

豪雨で崩れたミカン畑で「奇跡の木」を見つめる赤松さん。周囲には小さな実をつけた若木が育つ(6月、愛媛県宇和島市で)=氷見優衣撮影豪雨で崩れたミカン畑で「奇跡の木」を見つめる赤松さん。周囲には小さな実をつけた若木が育つ(6月、愛媛県宇和島市で)=氷見優衣撮影
「被災前の味に戻ってきた」

 宇和海に面した山の急斜面にある宇和島市吉田町のミカン畑。120年以上続く農家の5代目、赤松政紀さん(52)が実のなり具合を確かめていた。

 豪雨で崩れた段々畑の一角に土のうを積んで整備し直し、新たに苗木約100本を植えたのは豪雨から約半年後の19年3月。現在は高さ1・5メートル近くに成長した。3年目に実を付け始め、昨季は濃厚な甘さが感じられたという。「だいぶ被災前の味に戻ってきた」

250本が根こそぎ流される土砂崩れで壊滅的な被害を受けた赤松さんのミカン畑(2018年7月、愛媛県宇和島市で)=赤松さん提供土砂崩れで壊滅的な被害を受けた赤松さんのミカン畑(2018年7月、愛媛県宇和島市で)=赤松さん提供

 京都の造園会社を辞めて00年に実家のミカン農家を継いだ。充実した日々を送っていた8年前の7月7日、豪雨に見舞われた。吉田町では2200か所超で土砂崩れが起き、災害関連死を含め13人が亡くなった。

 床下浸水した自宅を片付けた後、ようやくミカン畑に足を運ぶと、6か所が崩れ、約3ヘクタールの畑は1割が崩落していた。最も実をよく付ける樹齢20~30年の約250本が根こそぎ流され、運搬用モノレールや散水用スプリンクラーも壊れて泥まみれになっていた。

 「もうミカンづくりはできない」。畑の前でぼう然と立ち尽くした。

 約1か月後、再び畑を訪れると、壊滅的な被害を受けた区画で、5本の木が倒れず踏みとどまっていた。段々畑の上部から流されながら、再び根を張ろうとしているようだった。「こんなひどい災害を耐え抜いている。自分も頑張らなくては」。励まされていると感じ、「奇跡の木」と名付けて再起を誓った。

 復旧は苦労続きだった。急斜面の畑では重機を使えず、手作業で枯れた木を撤去し、土のうを積んだ。
肥沃(ひよく)
な土が流れたことで苗木を植えても成長が遅い。葉の色も薄かった。まずまずの実を付けるまでに5年かかり、「先人の努力で、おいしいミカンができることに気づかされた」と振り返る。

「自然の恵みと恐ろしさを考えさせられた8年間」

 再生に踏み出してから、大きな変化もあった。14歳下の
甫美(ふみ)
さん(38)と23年1月に結婚。共にミカンづくりに励むようになった。

 甫美さんの助言でインスタグラムを開設し、ミカンの魅力を伝え始めると、評判になった。目隠ししてミカンを食べ、種類を当てるゲームに挑んだり、ドキュメンタリー風動画で「収穫とは1年やってきたことの答え合わせ」と熱く語ったり。ぎこちなくても夫婦で一生懸命発信する姿に「癒やされる」「幸せな気持ちになる」と反響を集めた。

 26年1月にはテレビ朝日系の人気番組「新婚さんいらっしゃい!」に出演。フォロワーが増え、ミカンの注文が殺到した。秋の収穫を待ち望む声が今も届く。

 「自然の恵みと恐ろしさを考えさせられた8年間だった」と赤松さん。「『奇跡の木』に勇気付けられ、人生が180度変わった。多くの支援のおかげ。この土地で、心を込めておいしいミカンを育て、全国に届けたい」と意気込む。

再生したミカン畑で笑顔を見せる赤松さん(左)と妻の甫美さん(6月、愛媛県宇和島市で)=氷見優衣撮影再生したミカン畑で笑顔を見せる赤松さん(左)と妻の甫美さん(6月、愛媛県宇和島市で)=氷見優衣撮影
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