2026年6月30日 午前7時30分
【論説】福井県福井市出身の植物学者平瀬作五郎が、世界で初めてイチョウの精子を発見してから今年で130年。また福井ゆかりの植物学者白井光太郎(みつたろう)が、世界初の植物病理学講座を東京帝国大農科大(現東京大)に開設し、今年で120年になる。
科学史に名を残す2人の研究者人生には、幕末から明治期の福井人の教育力が垣間見える。その歩みをたどり、未来へのメッセージをひもときたい。
平瀬作五郎は1856年、福井藩士平瀬儀作の長男として福井城下で生まれた。父の儀作は明治時代になると、これからは教育が大事と旧藩の米蔵を当時の敦賀県庁から借り、自ら大工仕事も担うなどして旭小学校を創設、校長になった。
長男の作五郎は藩校明新館で学び、在学中に油絵を習った。岐阜県の中学で図画教員となり、図画の教科書も執筆した。88年に帝国大理科大(現東京大)の植物学教室に画工として採用されると、自らイチョウの研究も始めた。東京小石川植物園のイチョウのギンナンを採取、観察を続け、ついに生きたイチョウの精子を発見した。植物進化の謎を解明する偉業として、日本で最も権威ある帝国学士院恩賜賞を受賞した。
白井光太郎は63年に江戸霊岸島の福井藩邸で生まれた。父幾太郎(久人)が藩主松平春嶽のそばに仕え、親子とも名前は春嶽の命名という。春嶽にかわいがられ、毎晩8時ごろから英語の初歩を習い、習字の手本も書いてもらった。光太郎が「(春嶽から)賜った恩遇は片時も忘れる隙がない」と書き残しているように、東京帝大在職25周年を記念して関係者から贈られた銅像は、本人の希望で春嶽の習字の手本を手にしたポーズをとっている。
白井は薬になる動植物や鉱物を研究する本草学史の開拓者でもあり、私財を投じて多くの書物を買い集めた。そのうちの一冊で、中国・明代の医師李時珍(りじちん)が書いた「本草綱目」は世界に15セットしか確認されていない貴重本。白井が寄贈した京都府立植物園の職員が今年、テレビの鑑定番組に出品したところ1億円の評価を受け、話題になった。
白井の名は現在あまり知られていないが、考古学にも貢献し、弥生土器を最初に発見した一人で、天然記念物の保存にも尽力した。再評価に期待したい。
坂井市の県教育博物館では平瀬作五郎生誕170年を記念し、その生涯を紹介する特別展を7月5日まで開いている。6月には小石川植物園から寄贈されたイチョウの稚苗を中庭に移植する記念植樹が行われた。植樹には旭小6年児童も招かれた。先人が新しい時代を切り開こうと学問に注いだ情熱や探究心を受け継ぎ、育みたい。
