この記事をまとめると
■「Union Lido Mare」は1955年にNSUが開設したキャンプ場がルーツだ
やっぱイタリアはラテンだわ! 隙あらばノーズを突っ込む「レーシングドライバー感」ある運転者だらけ【みどり独乙通信】
■当時としては画期的な上下水道や温水シャワーやなどを備えた総合リゾートだった
■現在もアウディとのつながりを残しながら欧州で親しまれている
イタリアの巨大リゾート施設とアウディの関係性
イタリアのイモラへWEC(世界耐久選手権)の取材後、オーストリアのレッドブルリンクへ続けて取材に行く予定でしたが、その合間の3日間をアドリア海に面した小さなリゾート地でゆっくり過ごすことにしました。
私が宿泊していたホテルからわずか10kmほど西に、「Union Lido Mare」という巨大リゾート施設があるのですが、この施設のことを知ったのは、2026年の3月にアウディのミュージアムへF1取材に行ったときのこと。取材後に広報の方と立ち話をしていたところ、この施設について教えていただいてとても興味が沸き、イタリアからオーストリアへ向かう前にこの「Union Lido Mare」を訪ねてみることにしました。
「Union Lido Mare」は、表から見るとごく一般的なリゾート施設のように見えます。受付へ行くと無料で全施設の見学が2時間可能とのこと。身分証明書と交換にパスをいただいて、いざ出発! まずは全体が記された地図をもらったのですが……。とてもじゃありませんが2時間で全部をまわり切れるとは思えません。
この「Union Lido Mare」、じつはアウディの前身であり1950年代当時は世界最大のバイクメーカーでもあったNSUに大きく関連しているのです。
1950年代、陸続きとはいえ、ドイツ人(当時は西ドイツ)にとって外国旅行は非常に特別で、青い空に輝く太陽、白い砂浜や大きな海は憧れの存在だったと聞いています。日本では映画の「ALWAYS三丁目の夕陽」と同じような時代背景です。ドイツも日本と同様に戦後の復興期を経て経済成長が始まり、自家用車が徐々に普及し始めたこともあり、レジャーとしてキャンプブームの始まりでもあったそうです。
しかし、当時は外国旅行に行った経験のあるドイツ人はほぼおらず、インターネットもガイドブックなどもほぼないような時代です。自動翻訳機能のついたスマートフォンもありませんから、コトバの通じないイタリアでの頼りは紙の地図だけという時代でした。
NSUのネッカーズウルムの工場で働く従業員も、「コトバが通じないイタリアにどうやって旅行へ行けばいいのだろう?」という話題にもなったようです。そこで、NSUの経営陣が立ち上がり、イタリアのNSUの総輸入代理店に協力を要請。彼らはNSUのために広大な土地を購入し、プライベートビーチを備えた大規模なキャンプ場を作ることを決め、整地や整備工事が始まりました。
そして1955年5月15日、「NSU Lido」という名でキャンピング場がいよいよオープン! いまでこそ一般的ですが、当時のキャンプ場には非常に珍しく上下水道の設備、お湯の出るシャワーや水洗トイレ、共同のキッチン、220Vの電源をはじめとする共同施設が備わっていた相当近代的な施設だったようです。
「Union Lido Mare」はアウディの歴史の1ページ
また、テント泊以外にもコテージ棟やキャンピングカーで宿泊できる区画が作られたほか、レストランやスーパーマーケットやジェラート屋さんなどの売店なども敷地内にあった画期的な総合キャンプ施設だったようです。現在はそのような設備も当たり前なのかも知れませんが、いまから70年以上も前から利用者目線のキャンプ場が作られていたなんて、本当に驚きました。
一方で、真夏の暑いイタリアを快適に過ごすべく1万4000本もの植樹がされたといい、この施設の敷地は非常に心地よい木陰があって爽やかなのです。
1950年代に幼少期を送った先輩ドイツ人の元新聞記者に話をうかがうと、当時はまだアウトバーンもなく、いまよりも小さなクルマで家族とキャンプ道具を積んでひたすらドイツから国道やアルプスの峠を何時間も走ってイタリアまでキャンプに行っていたそうです。外国でキャンプ旅行をするというのは、当時の庶民にとってはとても特別なことで、この方は小学校1年生の夏休み後の新学期に、その旅行の一部始終を発表する会が開催されたといいます。
1955年にグランドオープンをしたときは「NSU Lido」という名称でしたが、1972年にはインゴルシュタットに本社を置くUnion(ウニオン)社と経営合併をすることなり、「NSU Lido」から「Union Lido」となり、現在は「Union Lido Mare」と名称を変更しています。
所有権こそアウディやその母体となるフォルクス・ワーゲングループの所有ではなく、別の会社に移っていますが、「Union Lido Mare」のスタッフによると、いまもアウディの従業員には宿泊費の割引が適用されているとか。
2時間、このアウディの歴史の1ページでもある「Union Lido Mare」の敷地内をたっぷりと見学させていただきましたが、敷地内にはアウディのヒストリックカー部門の「Audi Tradition」から貸与されているNSUの車両がステキにディスプレイをされていました。
スーパーマーケットやブティック、レストランや薬局、ATM、クリーニング店、ゲームセンター、遊園地施設、プールなど、この広大な敷地内にはひとつの小さな街が作られているといっても過言ではありません。構想当時からのコンセプトがいまも継続されながら、現代のニーズに合った近代的なホテルやフィットネススタジオなども作られ、総合レジャー施設として年間を通して楽しめるようになっているそうです。
私が訪れた日はまだバカンスシーズンには早かったこともあり、キャンプをしている方々は少な目でしたが、それでもスペインやフランス、ドイツ、オランダなど、ヨーロッパ各地のナンバープレートを掲げた車両が並んでいました。
もともとはNSUの職員や車両オーナーのために作られた施設ですが(当時も外部の方の宿泊は可能でした)、いまや世界中の人々がこの地で楽しいバカンスの日々を過ごしているそうです。
そしてなによりもスタッフの方々がとても親切で、いまでもNSU、Union、そしてアウディにリスペクトをされていることが伝わってきました。
