【写真を見る】男子マインツ佐野海舟の存在が刺激に ドイツ1部昇格の女子DF橋谷優里(宮崎市出身)意識する「当たり負けしない体作り」

橋谷選手が所属するマインツは、見事に来シーズンからのブンデスリーガ1部昇格を掴み取りました。

今回は一時帰国された橋谷選手をMRTテレビ「Check!」のスタジオにお招きし、サッカー人生の原点から海外での壮絶な挑戦、そして、これからの夢について話を伺いました。

■6歳からのスタート 父の背中を追って進んだサッカーの道

橋谷選手は、チームのアウェイユニフォーム(背番号25、「SUGURI」のネーム入り)でスタジオ入りしました。

Q.まずは、橋谷選手がサッカーを始められた原点について教えてください。何歳頃、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

FSVマインツ05 橋谷優里選手(以下、橋谷選手)
私は6歳の頃にサッカーを始めました。小学校に上がる前くらいの時期ですね。
きっかけは、私の父がマスターズでサッカーをしていたことです。
その父の姿を見てサッカーを始めました。
小学校時代は、地元の「くどみサッカースポーツ少年団」に所属して日々プレーをしていました。

橋谷選手は、中学からはサッカーの名門である鹿児島県の神村学園中等部に進学しました。
その後は神村学園の高等部、日本体育大学へと進み、技術を磨いてプロの道へと足を踏み入れました。
2021年から2025年までは「AC長野パルセイロ・レディース」でプレーし、今年、2026年からは現在の「FSVマインツ05」に所属しています。

Q.ちょうど今週は「父の日」を迎えますが、サッカーを始めるきっかけをくれたお父様には?

橋谷選手
あの……いつもありがとうございます(笑)

橋谷選手が世界で活躍する今の姿を見せてくれているだけでも、お父様は大変うれしいのではないでしょうか。

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