CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いて、インフルエンザウイルスの増殖に関与する宿主遺伝子を改変した84系統のマウスを作出した。
生体レベルでの網羅的なスクリーニング解析により、遺伝子改変によりインフルエンザに対する抵抗性が高まる17遺伝子を同定した。
本研究で構築した大規模なマウスライブラリは、インフルエンザのみならず他のウイルス感染症の複雑な感染病態を生体レベルで解明する強力な基盤となる。
本研究で同定したインフルエンザ病態に関与する宿主因子は新たな創薬標的候補になることが期待される。

CRISPR KO マウスライブラリによる生体内スクリーニング

CRISPR KO マウスライブラリによる生体内スクリーニング:84系統から17個の抵抗性遺伝子を発見  

​発表内容
国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センターの植木紘史主任研究員と東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センターの河岡義裕機構長(兼: 国際ウイルス感染症研究センター センター長)らの研究グループは、CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いて84系統の遺伝子改変マウスからなるライブラリを構築し、これらにインフルエンザウイルスを感染させることで、感染への抵抗性を付与する17種類の宿主因子を生体レベルで同定しました。なかでもArhgef28(RGNEF)は肺でのウイルス増殖を直接抑制すること、Lasp1はウイルス量に影響を与えずに個体の生存率を高めることが示され、今後の抗インフルエンザ薬の新たな標的候補として期待されます。

インフルエンザウイルスは毎年世界中で季節性流行を起こし、ときに数十年に一度のパンデミックを引き起こすため公衆衛生上の大きな問題です。ウイルスは自身の遺伝情報と少数のタンパク質しか持たず、増殖するためには宿主の細胞内の分子(宿主因子)を利用する必要があります。これまで河岡らの研究チームも含め世界中の研究グループが、培養細胞(in vitro)を使った大規模な遺伝子スクリーニング解析を実施し、ウイルス複製に関わる候補となる宿主因子を数百個にまで絞り込んできました。しかし、これらの候補宿主因子が生体内でも本当に重要かどうかを網羅的に検証する手段は限られていました。生体には免疫応答や組織構造、臓器間の相互作用など、培養細胞にはない複雑さがあるためです。そこで本研究では、CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いて84系統の遺伝子改変マウスからなるライブラリを構築し、生体レベルで重要な宿主因子を網羅的に探索しました。

本研究グループはまず、以前に実施したインフルエンザウイルスのウイルスタンパク質と宿主タンパク質の相互作用を網羅的に調査した研究と、これまでに世界中で実施された大規模な遺伝子スクリーニングのメタ解析を基に、インフルエンザウイルス複製に関わる候補となる宿主因子を386個選定しました。続いて、生命維持に必須で欠失すると致死となる遺伝子を除外し290個に絞り込みました。次に、マウス由来の細胞株(L929細胞)にsiRNA(注1)を導入し、A型インフルエンザウイルス(A/WSN/33, H1N1株)を感染させて、各遺伝子の発現抑制がウイルス増殖に与える影響を解析しました。陰性対照群と比較してウイルス量が10分の1以下に低下した148個を、生体レベルでの検証候補としました。最後に、CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いてこの148個すべてについて遺伝子改変マウス系統の作製を試み、最終的にC57BL/6J系統を背景とした84系統の樹立に成功しました。各系統について、意図した遺伝子改変が正しく導入されていることをDNA配列解析で確認しています。

次に本研究グループは、構築した84系統のマウスに対し、雄と雌それぞれについて、2009年パンデミックインフルエンザに由来するマウス適応株(MA-CA04, H1N1株)を致死量で感染させ、感染後14日間にわたり生存率と体重変化をモニタリングしました。その結果、致死的なインフルエンザ感染に対して有意な抵抗性を示す17系統の遺伝子改変マウスが見出されました。興味深いことに、抵抗性を付与する宿主因子には性差が顕著に認められました。これは、培養細胞を用いた研究では発見することが難しかった、宿主防御またはウイルス病原性における性別特異的なメカニズムの存在を示唆する知見です。17遺伝子のうち、両性で共通して特に高い抵抗性を示したのはArhgef28(RGNEF)とLasp1の2遺伝子でした。

両性で顕著な抵抗性を示したArhgef28(RGNEF)とLasp1の2遺伝子について、本研究グループはウイルス学的な詳細な解析を行いました(図1)。感染後に50%のマウスが死亡するウイルス量(MLD50)を野生型と比較した結果、いずれの遺伝子改変マウスも雄と雌それぞれについて、MLD50値が大幅に上昇しており、両遺伝子が、マウスにおいてインフルエンザウイルスの病原性の発現に重要であることが分かりました。次に、遺伝子改変マウスにおける生存率向上が肺でのウイルス複製と関係しているかを調べました。Arhgef28遺伝子改変マウスでは、感染後3日目に肺のウイルス量が野生型と比較して有意に低下しており、本遺伝子産物がウイルス増殖に関与することで、その欠損がウイルスの感染性の低下につながったと考えられました。一方、Lasp1遺伝子改変マウスでは、生存率は向上したにもかかわらず、肺のウイルス量には有意な差が認められませんでした。これはLasp1がウイルスの増殖に直接影響するのではなく、他のメカニズムで病態(重症化)に関与していることを示唆しています。

図1

図1  Arhgef28(RGNEF)とLasp1遺伝子改変マウスにおけるインフルエンザウイルス感染への抵抗性

(上段) 50%の感染マウスを死亡させるウイルス量(MLD50):A型インフルエンザウイルス(MA-CA04株)に対する致死量を、雄雌それぞれの遺伝子改変マウス(Arhgef28、Lasp1)と野生型(WT)マウスで比較しました。いずれの遺伝子改変マウスも雄雌ともにMLD50が野生型より上昇し、致死的なインフルエンザウイルス感染に対する強い抵抗性が示されました。

(下段) 肺のウイルス量:感染後3日目と6日目の肺のウイルス量を測定しました。Arhgef28遺伝子改変マウスの感染後3日目のウイルス量は野生型より有意に低い値を示しましたが、Lasp1遺伝子改変マウスは高い生存率を示したにもかかわらずウイルス量に有意な差は認められませんでした。2遺伝子が異なるメカニズムでインフルエンザウイルスの病原性発揮に関与していることを示唆しています。

 

本研究では、遺伝子組み換えマウスライブラリを用いた大規模な感染実験スクリーニングを実施し、インフルエンザウイルス感染に関与する17種類の宿主遺伝子を同定しました。既存のインフルエンザ治療薬はいずれもウイルス自身のタンパク質を標的としており、耐性ウイルスが容易に出現するという問題があります(図2)。過去には、ノイラミニダーゼ阻害薬(タミフル等)に対して耐性を示す季節性インフルエンザウイルスが世界的に蔓延した事例があります。また、同薬剤に対して耐性を示す高病原性鳥インフルエンザウイルスや、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(ゾフルーザ等)に対して感受性が低下したウイルスも散発的に検出されており、既存薬に対する耐性ウイルスの出現と流行に備えた対策が必要となっています。ウイルス側ではなく宿主側の分子(宿主因子)を標的とする薬は、耐性ウイルス出現しづらいと考えられます。本研究で同定された17個の宿主因子(特にRGNEFとLASP1)は、抗インフルエンザ薬の新たな標的候補として期待されます。また、本研究で構築した84系統のCRISPR/Cas9マウスライブラリは、インフルエンザおよび他のウイルス感染症研究において、生体内で宿主因子の役割を直接検証できる公共リソースとして役立ちます。

図2

図2 宿主因子を標的とした抗インフルエンザ薬の概要

従来の抗インフルエンザ薬がウイルスタンパク質を標的とするのに対し、宿主因子標的薬はウイルスが利用する宿主側の分子を標的とするため、ウイルス変異による薬剤耐性が生じにくい利点があります。

 

本研究は2026年6月16日午前11時(米国東部夏時間)国際科学誌「Cell」(オンライン版)に公表されました。なお、本研究の動物実験は、東京大学動物実験委員会の承認のもと実施されました。

発表者
東京大学
国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕 特任教授/機構長
 兼:国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センター センター長
   東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授
 
研究助成

本研究は、東京大学、大阪大学、国立健康危機管理研究機構、米国ウィスコンシン大学などが共同で実施し、科学技術振興機構(JST) ERATO戦略的創造研究推進事業(ERATO河岡宿主応答ネットワークプロジェクト)、日本医療研究開発機構(AMED)LEAP革新的先端研究開発支援事業(インフルエンザ制圧を目指した革新的治療・予防法の研究・開発)、AMED 新興・再興感染症研究基盤創生事業(中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)ならびに、AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学国際高等研究所新世代感染症センター))、AMED-CREST革新的先端研究開発支援事業(広域スペクトルを有する抗ウイルス薬開発を目指した創薬標的探索と次世代創薬モダリティの基盤構築)の一環として行われました。

 

用語解説
注1)siRNA
標的遺伝子の発現を一時的に抑制する短いRNA

論文情報

Hiroshi Ueki*, Yuriko Tomita*, Calvin Duong*, Hiromichi Mitake, Maki Kiso, Yuri Furusawa, Dongming Zhao, Tiago Jose da Silva Lopes, Li Wu, Huapeng Feng, Seiya Yamayoshi, Satoshi Fukuyama, Makoto Yamashita, Manabu Ozawa, Masahito Ikawa, Nobuaki Yoshida, Tokiko Watanabe, and Yoshihiro Kawaoka¶, “A CRISPR Knockout Mouse Library for Functional Genomics in Influenza Research,” Cell: 2025年6月16日, doi:10.1016/j.cell.2026.05.032.

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お問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉

東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター

河岡 義裕(かわおか よしひろ) 特任教授/機構長

兼:国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 国際ウイルス感染症研究センター センター長

東京大学 医科学研究所ウイルス感染部門 特任教授


〈報道に関する問合せ〉

東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター(広報)

https://www.utopia.u-tokyo.ac.jp/contact

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