公開日時 2025年09月20日 05:00
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裴奉奇(ペポンギ)さんの研究について話す禹準河(ウジュンハ)さん=12日、那覇市泉崎の琉球新報社
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琉球新報朝刊
韓国ソウル市の建国大学で学ぶ大学院生、禹(ウ)準河(ジュンハ)さん(29)が9~15日に沖縄に滞在し、1944年に朝鮮半島から日本軍の「慰安婦」として沖縄に連れて来られ、戦後も沖縄で生き続けた裴(ペ)奉奇(ポンギ)さん(1914―91、享年77)について調査した。裴さんの遺骨は韓国にあるが、禹さんは管理が十分でないと指摘。元慰安婦を埋葬し、被害者を追悼する碑がある、韓国中部天安の国立墓地「望郷の丘」に安置するよう韓国政府などに呼びかけている。(1面に関連)
裴さんは朝鮮半島・忠清南道(現・韓国中部)の生まれ。44年に那覇を経て渡嘉敷島の慰安所に送られ、戦後は石川収容所を経て沖縄で暮らした。91年に死去するまで、精神的、肉体的に戦争の後遺症に苦しんだ。遺骨は沖縄から韓国に移された。
裴さんを長年取材したドキュメンタリー作家の故川田文子さんが資料を残していた。禹さんはその資料を基に調査・研究を進め、韓国にある裴さんの実家の場所を突き止めた。裴さんの遺骨が埋葬された、親族の墓地を今年1月に訪問したところ、枯れ木で覆われるなど荒れ果てた状態だったという。
禹さんは日本軍の慰安婦の実態を研究テーマにする。市民にその問題を共有しようと、2024年に市民団体「ペ・ポンギの平和」を発足。調査のため訪れた沖縄でも多くの市民に周知したいと考えている。
1972年に沖縄が日本に復帰すると、裴さんは不法在留者として扱われた。75年に在留資格を得るため出入国在留管理局(入管)からの調査で日本語で「北ですか、南ですか」と問われ、南北分断を経験していない裴さんは答えに窮したという。禹さんは「裴さんについて調べれば調べるほど、南北朝鮮の分断による矛盾や、在日朝鮮人が直面する差別の問題にも関心を持った」という。
裴さんにとっての沖縄は「無国籍者としての不安と、性的搾取が再生産される恐怖の場だった」。禹さんはそうみる。一方、「在日朝鮮人や沖縄県民の支援と連帯に支えられた生存の場でもあった」と捉えている。
戦争によって、生前も没後も翻弄された裴さんを研究し、後世に伝えていく考えだ。
(慶田城七瀬、金城乃愛)
