
「神主と警官には通ずるものがある」と語る四柳善彦さん=穴水町中居南で
24歳で、妻の地元である石川県へ。穴水町中居南の日吉神社などで神職を務めつつ、警察官として定年まで地域のために働いた。「最初は方言が分からなかったが、懐に入ると温かい人たちだった」。能登の人々の印象をそう語る。
高校時代の柔道部の先輩が地元の愛知県警に入ったことから、意識するようになった職業。石川県警では、七尾署、羽咋署、珠洲署などで勤務し、定年退職までの3年間は、穴水町の輪島署穴水庁舎の所長となった。
「(神職専業で務められる)県内の大きいお宮に空きがなく、警官と神職を両立する形となったが、能登で働きながら、穴水のお宮に奉仕することができた。最後は警官としても地元で終えられてよかった」と36年間を振り返る。
穴水庁舎の所長として、町の防犯や交通安全のキャンペーン活動に力を入れ、「みんなの安寧を祈るという点で、神主と警官には通ずるものがある」と話す。
2024年元日の能登半島地震では、祈禱(きとう)中に揺れに襲われた。氏子の中には、家から出られなくなった人もおり、戸を蹴破るなどして救出した。翌2日に穴水庁舎にたどり着くことができ、最後の3カ月を地震対応の中で終えた。「活動に協力してくれた方に、あいさつもできないまま退職した。日常は、実は薄氷の上で生きていることに気付かされた」
地震から2年5カ月が過ぎ、地域の祭りなども再開。七尾市の青柏祭といった周辺の大規模な祭りにも神職として手伝いに向かう。「名前も顔も知らない先祖も、こうやってわいわいやっていたんだろうと思うと楽しい」。多くの寺社が被災し、再建もままならない。コミュニティーの維持も復興の課題の一つとなっている。人々の気持ちが少し離れていっているようにも映るが、祭りには参加してほしいと願う。(山谷柾裕)
よつやなぎ・よしひこ 1964年3月、愛知県犬山市の神職の家の次男として生まれた。三重県伊勢市の皇学館大在学中に穴水町出身の妻と出会う。現在は輪島綜合自動車学校長も務める。
