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2016年8月、安倍晋三元首相はナイロビで開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の壇上に立ち、「自由で開かれた二つの海と二つの大陸が結びつくことで生まれる巨大な活力」について語った。これが「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という概念の公式な誕生であった。このFOIP構想はその後、米国、オーストラリア、欧州連合をはじめ数十カ国に採用されるに至っている。その本質は、力による現状変更を目論む勢力に抗い、ルールに基づく国際秩序を守ることにある。
FOIPを支える「クアッド」の4カ国のうち、米国は圧倒的な軍事力を、日本は制度的な信頼性を、オーストラリアは南側の側面を固める役割を担っている。そしてインドの貢献は、それらとはまったく異質のものであり、他では到底代替できないものだ。
地政学的な要衝に立つ国
インドの海岸線は三方をインド洋に囲まれ、その総延長は7,500キロメートルを超える。アンダマン・ニコバル諸島はマラッカ海峡の西側入口に位置し、この海峡は年間9万6,000隻以上の船舶が通過し、世界の海上貿易のおよそ4分の1がここを行き交う。ホルムズ海峡と合わせると、この二つの要衝が世界の石油輸送量の60%以上を占める。クアッドの他のいかなる国も、これらのどちらかに近接した比肩しうる地理的位置を持っていない。
インドのアンダマン・ニコバル統合司令部(同国初の三軍統合司令部)は、まさにこの地理的優位性を実戦的に活用するために設置されたものだ。インド海軍はマラッカ海峡出口付近に常時部隊を展開し、域外勢力の海軍活動を監視している。さらに2025年末には、マラッカ海峡により近い大ニコバル島のガラテア湾に、軍民両用の第二滑走路の建設を開始した。
この事実が重大な意味を持つのは、中国の「マラッカ・ジレンマ」があるからだ。中国の石油輸入の80%以上がこの海峡を経由している。この要衝の近くにインド海軍が存在感を持つということは、他のいかなるクアッド加盟国も同等の近さから行使できない、構造的な抑止力を意味する。インドがこの位置を占めなければ、FOIPの海洋安全保障の枠組みは、中心に大きな空白を抱えたまま成り立たないことになる。
「SAGAR」から「MAHASAGAR」へ インド独自のビジョン
FOIPをめぐる西側の議論でしばしば見落とされているのは、インドがこの枠組みに他国の教義を受け入れる「ジュニア・パートナー」として加わったのではないという事実だ。米国がFOIPを正式に採用する2年前の2015年3月、モディ首相はモーリシャスの首都ポートルイスで「SAGAR(地域のすべてのための安全と成長)」構想を打ち出していた。この構想は、信頼・国際海洋規範の尊重・平和的な紛争解決・インド洋地域における協調的な安全保障を柱とするものであり、いわばインド独自のルール基盤型秩序論であった。
その後の10年間、インド海軍はSAGARを実践に移した。アデン湾での海賊対処行動、モーリシャス・モルディブ・マダガスカル・コモロ・セーシェルへのCOVID-19支援物資の輸送、そしてスリランカやバングラデシュなどインド洋沿岸諸国への沿岸監視レーダー網の整備がその主な成果だ。
2025年3月には、これをさらに発展させ「MAHASAGAR(地域を超えた安全保障と成長のための相互かつ包括的な進歩)」へと拡充した。この枠組みは、中国の「一帯一路」構想に対するインクルーシブな対抗軸として明示的に設計されている。具体的な成果も早くから現れており、2025年4月にタンザニアとの間で行ったAIKEYME海軍演習にはアフリカ10カ国が参加。また、IOS SAGAR(インド洋船舶)ミッションでは、アフリカ・南アジアの各国海軍の要員と合同でEEZ(排他的経済水域)パトロールを実施した。
インド海軍空母を視察するモディ首相=2015年12月

中国という変数と、戦略的自律というパラドックス
中国の「真珠の首飾り」戦略は、その作戦的な本質においてインドを照準に据えた戦略だ。パキスタンのグワダル、スリランカのハンバントタ、ミャンマーのチャウクピュー、バングラデシュのチッタゴンと、中国が資金援助した港湾ネットワークがインドの海洋周辺を包囲しつつある。2008年以降、中国はインド洋地域に45回以上の海軍任務を派遣しており、現在では同地域の少なくとも13の港湾を実質的に運用している。
これに対するインドの対応は、独自の「ダイヤのネックレス」対抗戦略だ。オーストラリア・フランス・日本との兵站協定、沿岸レーダー網の整備、セーシェルでの海軍基地合意、そしてフィリピンへのブラモス超音速巡航ミサイル売却(2024年から納入開始)などがある。これらは、中国の海洋的修正主義に対する最も直接的かつ実効的な構造的抑止力を構成している。他のいかなるクアッド加盟国も、インドの地位から同様のことを行うことはできない。
しかし、インドは一貫して「戦略的自律性」を堅持している。米英豪の安全保障枠組み「AUKUS」には参加せず、ロシア製兵器の購入を継続し、BRICSや上海協力機構(SCO)でも積極的に活動しており、中印国境問題は二国間で対処する姿勢を崩していない。FOIP推進論者の一部には、これを苛立たしい曖昧さとして映るかもしれない。
だが、インドが米国の正式な安全保障同盟に加わることを拒んでいるからこそ、FOIPはグローバルサウス全体において「西側による中国封じ込め工作」と一蹴されずに済んでいるのだ。FOIPは中国封じ込めの暗号だとも読み得るとの指摘があり、包括性を前面に出すことがFOIPを地域全体の組織原理として説得力あるものにするために不可欠だとする論者もいる。インドが自国の条件を守りながら参加していることは、ASEANやアフリカや南アジアで態度を決めかねている諸国に対し、FOIPが冷戦型の二者択一を迫るものではないというシグナルを発しているのだ。
西側には代替できない「声」
グローバルサウスにおけるインドの発言力こそ、FOIPにおけるインドの中心的役割の、重要な、そしておそらく最も過小評価されている側面だ。2025年時点で世界第5位の経済大国、地球上で最も人口の多い民主主義国家、そして2026年のBRICS議長国であるインドは、植民地主義・資源制約・「一つの覇権を別の覇権に置き換えるだけの秩序ではない多極的な世界」への希求という共通体験を持つ途上国に向け、対等な立場から語りかけることができる。
FOIPの原則に対する支持が最も重要な意味を持つ国々である、インド洋島嶼国、ASEAN、アフリカ諸国は、米国の安全保障の枠組みや日本の政府開発援助(ODA)融資だけでは引きつけられない。インドの開発外交、デジタルインフラの輸出、ワクチン協力、海軍力強化支援、そしてMAHASAGAR構想は、「戦略的な借り」を背負わせない形の協力関係を提供するものだ。それなくしては、FOIPの理念は永遠に絵に描いた餅にとどまり続けるだろう。
高市早苗首相はかねてFOIPを自らの外交・安全保障政策の核心と位置づけ、その実現に向けて並々ならぬ努力を傾けている。しかし筆者には一つの懸念がある。首相には、ぜひ焦点を見失わないでほしいのだ。「船頭多くして船山に登る」という言葉があるように、関与が広がりすぎれば本来の方向を見失いかねない。ドナルド・トランプ大統領のもとで米国の存在感が陰り始めた今、高市首相とFOIPが果たすべき役割は、この地域の、ひいては世界の安定と繁栄にとって、かつてなく重要な意味を帯びているのである。
筆者:ペマ・ギャルポ(政治学者)
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