東京・京橋にあるCREATIVE MUSEUM TOKYOで、「HOKUSAI-ぜんぶ、北斎のしわざでした。展」が開催中です。90年の生涯でおよそ30,000点もの作品を残した絵師、葛飾北斎。本展では、200年前すでに北斎によって描かれていた現代に通じる多彩な表現を「北斎のしわざ」と銘打ち、錦絵以外の分野で見せた驚くべき画業を、約450点の作品で紹介します。日本が誇る「マンガ」や「アニメ」の源泉を感じさせる、圧倒的な画力と想像力に満ちた北斎の新たな姿に触れることができるでしょう。

※本文に記載のないものは、すべて浦上蒼穹堂蔵。

HOKUSAI-ぜんぶ、北斎のしわざでした。展

会場:CREATIVE MUSEUM TOKYO(東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 6F)

会期:2025年9月13日(土)~11月30日(日)
※会期中、一部作品の展示替えを行います

開館時間:10:00~18:00
※毎週⾦・土曜および祝前日は20:00まで開館
※最終入場は閉館の30分前まで

休館日:無休

入館料:一般・大学・専門学生2,300円、高校・中学⽣1,800円、小・中学生1,200円、未就学児無料

アクセス:「東京駅」八重洲中央口 徒歩7分、東京メトロ銀座線「京橋駅」6番出口 徒歩3分、東京メトロ銀座線/東西線/都営浅草線
「日本橋駅」B1出口 徒歩5分

詳しくは展覧会公式サイトへ

大波・赤富士だけじゃない! 唯一無二の絵師・葛飾北斎に踏み込む
左:『冨嶽三十六景 』「神奈川沖浪裏」 天保2~4年 (1831-1833) 個人蔵、右:『富嶽百景』「海上の不二」 天保6年 (1835)

葛飾北斎の名前を聞いて連想するのは、凱風快晴や神奈川沖浪裏といった、『冨嶽三十六景』のイメージではないでしょうか。しかしそれは、北斎の画業のほんの一部でしかありません。本展は大波・赤富士だけではない、森羅万象を描かんとした北斎の全体像を俯瞰しつつ、現代に通じる驚異的な表現技法にも注目します。

会場には質・量ともに世界一として知られる浦上満氏(浦上蒼穹堂)のコレクションから、『北斎漫画』全15編、多彩な挿絵や絵手本晩年の傑作『富嶽百景』全図公開、さらには初公開となる肉筆画『日新除魔図にっしんじょまず』16図など、400点を超える貴重な作品が並びます。北斎と言えばの『冨嶽三十六景』からは、「神奈川沖浪裏」が1点、波の表現を語る上で引用されているのみ──という敢えての構成からも、異例の北斎展ということがわかるでしょう。
見れば見るほど「こういうものも描いていたのか」と驚くばかり。自らを「画狂老人」と名乗った絵師の真髄に迫る好機です。

200年前に北斎が描いた「マンガ的表現」とは?

マンガには様々なジャンルが存在しますが、ファンタジー系冒険譚はいつの時代も人気の題材です。江戸時代の読本(小説の一種)も例外ではなく、作家の曲亭馬琴は北斎とコンビを組んで数々の伝奇ものを世に送り出し、大成功を収めています。本展で最初に登場する『椿説弓張月ちんせつゆみはりづき』もそのひとつ。この壮大な作品の挿絵を手がけた北斎は、多彩な表現技法によって物語の世界観をさらに拡張させました。会場では北斎が用いた効果的なテクニックを、選りすぐって紹介しています。

『椿説弓張月』を紹介した会場。パネルは『椿説弓張月』続編 巻之三 文化4~8年 (1807-1811) より

たとえばこちらの「集中線」。注目させたい人物を中心に据えて放射状に線を引くことで、読者に強烈な印象を与える手法です。現代の私たちにはおなじみの表現ですが、これが描かれたのは200年前。そう思うと驚かされますね。ほかにも、衝撃波や点描による光の表現など、現代のマンガに通じる手法が並びます。普段読んでいる作品との共通点を探してみるのも面白そうです。

浮世絵師? デザイナー? 枠にはまらないマルチクリエイター
会場風景 一番左が、定規と分度器を使って描く『略画早指南(りゃくがはやおしえ)』文化9年 (1812) 他にも文字を組み合わせて絵を描く方法を紹介した絵手本も

錦絵や肉筆画にとどまらず、迫力ある挿絵も手がけた北斎は、ほかにも多彩な仕事に挑んでいます。孫弟子まで含めて約200人もの門人を抱えていたこともあってか、さまざまなタイプの絵手本(絵の教本)も数多く残しました。なかには一筆描きで仕上げられるものや、分度器を使って描くものなど、絵が得意でなくとも試したくなるユニークな本もあります。

上下ともに『今様櫛きん雛型』文政6年 (1823)

加えてデザインの分野でも才能を発揮しており、櫛と煙管の意匠を二部構成で収めた『今様櫛いまようせっきん雛ひな型がた』では、クラシカルな図案から幾何学模様を用いたものまで、多岐にわたるデザインが展開されています。「浮世絵師」と呼ぶだけでは収まりきらない北斎のマルチクリエイターぶりは、江戸の人々のみならず、現代の私たちにもその創意と工夫の豊かさを感じさせてくれます。

比類なき絵手本『北斎漫画』を解剖する
『北斎漫画』を紹介した会場。版本を入れていた「袋」の展示もおこなわれている

北斎が残したもうひとつの驚異的な絵手本が『北斎漫画』です。『冨嶽三十六景』と並ぶ知名度を誇り、64年をかけて全15編にわたり莫大な図版を収めた超大作となりました。

ここでいう「漫画」とは「徒然に描いたもの」を指し、現代のマンガとは意味合いが異なります。とは言え、コマ割りを思わせる構成や絵を効果的に見せる工夫など、現代のマンガやイラストにつながる技法が随所に見られる点にも注目です。つまり北斎は、読本挿絵と同様に、200年前にすでに今日的な表現を使いこなしていたのです。

会場では「暮らし」「建物」「神仏」などのテーマごとに『北斎漫画』の内容に注目し、そこに潜む「北斎のしわざ」を紹介します。さらにアニメーションのフレーム画を思わせる図版では、実際に絵を動かしてアニメ化した作品の上映も。北斎が人物の動きをどう捉えていたのかを確認してみましょう。

『富嶽百景』全図公開 稀少な初版本も登場
『富嶽百景』を紹介した会場

『冨嶽三十六景』で46図にわたり富士を描いた北斎は、その後あらためて『富嶽百景』に挑みました。全3編から成るこのシリーズは墨一色の版本ですが、多様な工夫を凝らした富士の姿が展開され、『冨嶽三十六景』に劣らぬ魅力を放っています。

本展では『富嶽百景』を全図公開。版本でありながら全図を展示できるのは、同じ本を複数所蔵する浦上コレクションならではの試みです。さらには「鷹の羽本」と呼ばれる希少な初版本も合わせて出品。お気に入りの富士を探しながら、北斎の発想力を楽しんでみてはいかがでしょうか。

『富嶽百景』 上:初編 初摺 天保5年 (1834)、中2冊:二編 初摺 天保6年 (1835)、下:三編 初摺 刊年未詳 題箋に鷹の羽が描かれているものは極めて稀少な初版本といわれる
北斎のライフワーク「日新除魔図」世界初公開!
『日新除魔図』 年代未詳

83歳から84歳にかけて、北斎は日課として獅子を中心にした絵を毎日1枚、日付を添えて描きました。厄除けを祈願して制作されたこの連作は『日新除魔図』と呼ばれています。現在その大半は九州国立博物館に所蔵されていますが、本展では新たに発見された16枚を初公開しています。

注文によるものではなく、あくまで私的なライフワークとして描かれたものですが、肩の力を抜いて描いている作品であっても非常に高い水準を保ち続けている点に驚かされます。むしろ自然体だからこそ、北斎本来の画力の高さが際立って見えるとも言えるでしょう。

作品のなかには西洋画を意識したとみられるものもあり、多様な流派を吸収し続けた北斎の研鑽の跡も見て取ることができます。

「北斎の何がすごいの?」がわかる展覧会
会場にはこれまであまり紹介されてこなかった作品も多く並び、浮世絵ファンにも嬉しい構成。パネルは二代目蔦屋重三郎が営む「耕書堂」の店先を描いたもの。『画本東都遊』享和2年 (1802)より

『富嶽百景』の跋文で、北斎は「70歳以前に描いたものは取るに足らない」と記し、さらに「もし百十歳まで生きられれば、点や線が命を宿すように描けるはずだ。長寿の神よ、どうか私の言葉が偽りでないことを見届けてほしい」と続けています。

つまり北斎は、さらに長生きして絵を描き続け、より高みへ到達したいと願っていたのです。実際、90歳で世を去る間際にも「あと5年、いや10年あれば、真の絵師になれるのに」と語ったと伝わります。

森羅万象を描かんと筆を執り続けた北斎。その情熱と探究心を示す作品群が、本展では一堂に会します。「北斎のしわざ」はまさに世界そのものを写しとった痕跡とも言えるでしょう。世界的な絵師・北斎の真価に触れる、またとない機会をお見逃しなく。(ライター・虹)

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