1年の秋から県岐阜商の4番に座る、坂口路歩(ろあ)選手。

  祖父・清貴さん、父・輝光さんも、県岐阜商野球部の卒業生です。
清貴さんはピッチャーとして1969年春のセンバツに出場するも、夏の甲子園には届かず。輝光さんは1999年夏、チームが甲子園出場を果たす中、メンバーに入れず応援席から仲間を見守りました。

※岐阜大会の決勝の実況
「(打球音)捉えたあたり、右中間。三塁ランナーは悠々ホームイン、一塁ランナーは三塁ストップ。坂口タイムリーツーベース」

※祖父・清貴さん
「言うことないです。あとは甲子園でがんばってくれることやな」
※父・輝光さん
「甲子園のことは親父に聞かなかんわ。どういう雰囲気やったかとかさ。たぶんアドバイスしてくれる」
※祖父・清貴さん
「春(センバツ)は僕行ったので、夏はないんやけど。岐阜大会とはまた違った独特なものがあるんやけど、100%普通にはできんけど、それなりにできれば結果は出てくると思うんやけど」

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