公開日時 2025年08月03日 15:22更新日時 2025年08月03日 16:37
![]()

「御巣鷹の尾根」の登山道整備で写真に納まる群馬県警の青木修地域部長(前列左から4人目)と黒沢完一さん(同5人目)ら=6月、群馬県上野村
この記事を書いた人
![]()
共同通信
520人が犠牲となった1985年の日航ジャンボ機墜落事故で、群馬県警の青木修地域部長(59)は発生直後、新人警察官として現場となった同県上野村の「御巣鷹の尾根」に登った。約1カ月間、過酷な現場で遺体の収容に携わった。現在、若手警官に記憶を伝えようと、地元藤岡署の有志らによる尾根の登山道整備に加わるなど取り組みを続けている。
6月上旬、青木さんは若手警官らと長さ約4メートルの丸太を担ぎ、かけ声を合わせて顔に汗を浮かべながら運んだ。
40年前、前橋東署外勤課(現地域課)で交番勤務だった。8月12日は、署で帰り支度中に日航機が行方不明となったとテレビニュースがあり、同僚と画面にくぎ付けになったと振り返る。2日後、県内各署から集められた応援部隊の一員として現場に向かった。
尾根は、機体の残骸や遺体などが散乱し、焼け焦げたにおいが立ちこめていた。当初、身元確認ができそうな遺体を見つけると、発見位置や状態を捜査担当の警官に報告。実況見分の後、収容袋に入れ、運ぶ作業を繰り返した。与えられた任務として遺体の一部や肉片を一日中拾い集めた。
山中で2日間活動して3日目に帰り、入浴や着替えを済ませ、また現場へ向かう日々。斜面をスコップでL字形に掘って平地を作り、周囲の木にブルーシートをくくりつけて雨よけにして仮眠した。「仲間と助け合う大切さを学んだ」と話す。
2022年に藤岡署長として着任後、尾根の管理人黒沢完一さん(82)に登山道整備が木材や砂利を運び上げる大変な作業と聞き、手伝いを申し出た。それ以降、署の有志らと活動し、当時の経験を伝えている。
当時、県警は延べ約5万5千人が135日間活動した。県警によると、現在、約3900人いる警官らのうち、事故を知るのは約100人に減った。事故から12日で40年。「後輩には捜査や原因究明という使命、被害者への思いやりを養ってほしい」と力を込めた。