被爆者の高齢化と減少が進む中、福岡市原爆被害者の会が被爆体験のない世代を語り部として養成する取り組みに力を入れている。同会では被爆者を交えた学習会を重ね、18日には広島原爆の伝承者を招いた懇談会を初めて企画。被爆の実相を後世に伝えるための試行錯誤を続けており、来月には最年少となる36歳の語り部が中学校でデビューする。(美根京子)
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講話のリハーサル後、被爆者の意見を聞く和田さん(中央)(4月中旬、福岡市で) 「首から下は黒焦げ、顔は生焼けの母を見つけ、気を失ってしまいました。木を集め、母の遺体が完全に骨になるまで焼きながら、わあわあと泣きじゃくりました」
4月中旬に福岡市内で開かれた同会の学習会。福岡県苅田町の会社員、和田由佳理さん(36)は会員の被爆者ら約10人を前に、学校での講話を想定したリハーサルを行った。 語ったのは、13歳の時に広島で被爆し、両親を失った安部民子さん(2022年に90歳で死去)の体験だ。生前の安部さんを知る被爆者の女性は「そっくりだった」と涙を流した。同会の柴崎二也事務局長(78)は堂々とした語り口だった点などを踏まえ、市内の中学校からの講話依頼を和田さんに託すことを即決。6月のデビューが決まった。
1945年8月9日に米軍が原爆投下の第1目標地としていた北九州の小倉陸軍造兵
廠(しょう)
。和田さんは祖父がそこで働いていたことを知り、「広島や長崎の出来事は人ごとではない。自分にも何かできることはないか」と考え、2021年に同会に入会した。
証言集に記されていた安部さんの鮮明な被爆の記憶に衝撃を受けた。自身が一人っ子でもあり、両親を失った安部さんの苦しみを思うと涙があふれ、体験を語り継ぐ決意をした。 この日のリハーサル後、被爆者から意見が相次いだ。和田さんがスクリーンに投影した黒焦げの遺体の写真について、語り部の松本隆さん(89)は学校側から「生徒がご飯を食べられなくなった」と指摘を受けたことがあると伝え、「現実を見てほしいが、見たくない子には先に注意を呼びかけるような配慮が必要」と助言した。 他の参加者からも「一発の原爆で多くの市民が『一瞬にして』亡くなったことを強調してほしい」「映し出す写真が撮影された背景も知った上で語ってほしい」といった要望が上がった。 1 2
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