フランスには、年に一度、旧い車たちが一斉に街へ繰り出す日がある。毎年4月下旬の日曜日に開催される「全国クラシックカーの日(Journée Nationale des Véhicules d’Époque、通称JNVE)」がそれだ。自動車、オートバイ、トラック、農業用トラクター、軍用車両を問わず、30年以上の車齢を持つあらゆる乗り物が対象となる、フランス全土を走行会場とした野外博物館である。

主催するのはFFVE(Fédération Française des Véhicules d’Époque、フランス・ヴィンテージ車両連盟)だ。その歴史は1950〜60年代に遡る。当時、古い車への愛好が盛んになり始めたフランスでは、各地にコレクタークラブが誕生していた。1967年1月、ACO(西フランス自動車クラブ)のBernard de Lassée氏らが中心となってパリで会合を開き、同年12月16日にリヨンで開かれた設立総会において「フランス・クラシック自動車連盟(FFAE)」として正式に発足した。1987年には名称を現在のFFVEへ改称し、乗用車にとどまらずオートバイ、トラック、軍用・農業用車両へと活動領域を拡大した。現在の傘下には230,000人以上のコレクター、800,000台以上の車両が登録されており、2009年にはフランス国務院の令により「公益団体」として認定された。また交通省から車齢証明書の発行業務を委託されており、コレクション登録車両の取得に必要な公的手続きを担う唯一の機関でもある。

JNVEが誕生したのは2017年のことだ。FFVEの設立50周年を記念して立ち上げられたこのイベントは、旧車への情熱をより広い層と分かち合い、走る文化遺産の守り手として社会的な認知を得ることを目的としていた。2025年には全国で実に290件のイベントが記録されるまでに成長した。2026年で第10回目という節目を迎えたJNVEの当日、今回訪れたのはパリ北郊ヴァル=ドワーズ県コルメイユ=アン=パリシスの会場だ。

会場となったフォール・ド・コルメイユは、パリから約20キロ北西、標高170メートル余りのパリシの丘の上に建つ旧軍事要塞だ。1870年の普仏戦争でプロイセンに敗れたフランスが首都防衛の再構築を急ぐ中、軍事技術者レイモン・アドルフ・セレ・ド・リヴィエール将軍が立案した「システム・セレ・ド・リヴィエール」の最初の工事現場として1874年7月に着工し、1877年末に竣工した。完成時には64門の砲を備え、1095名の兵士、36名の将校、14頭の馬が配備される規模を誇り、パリ北西方向の防衛ラインの要として機能した。

パリ北郊、ヴァル=ドワーズ県の丘の上に建つフォール・ド・コルメイユの正門。白漆喰の堂々たるアーチに「FORT DE CORMEILLES」の文字が刻まれるこの要塞は、1870年の普仏戦争の敗北を教訓に、軍事技術者レイモン・アドルフ・セレ・ド・リヴィエールが立案した首都防衛システム「システム・セレ・ド・リヴィエール」の一翼として1874年に着工、1880年に竣工した施設だ。パリを囲む18の要塞と11の砲台群からなるこの防衛ラインは、ヴォーバン元帥の思想を19世紀に継承するものとして設計された。門前には、コルメイユの地元業者の社名を記したプジョーの旧型ピックアップトラックや、ミシュランのデカールを貼ったルノー4のバンが並び、フランス旧車文化の祝祭にふさわしい光景を作り出していた。

この要塞には第二次世界大戦の記憶も刻まれている。1944年8月25日のパリ解放翌日、フランス国内軍(FFI)のジョルジュ・サルモン指揮官の命を受けたロベール・ノエ少尉が少人数の部隊でこの要塞を奪還した。当時ドイツ海軍(クリーグスマリーネ)の魚雷整備工場として使われていた要塞内には500発の魚雷と大量の爆薬が残されており、その爆発を間一髪で阻止したという。戦後は軍事刑務所(1956年まで)、アルジェリア系ハルキの収容施設を経て、1970年代初頭に最後の居住者が退去。1999年に「フォール・ド・コルメイユの友の会(Les Amis du Fort de Cormeilles)」が設立され、保存・修復・一般公開の活動が始まった。現在は毎月第1日曜日に見学会が開催されているほか、映画やテレビのロケ地としても年間4件程度の撮影が行われている。

1950年代後半から60年代にかけてフランスの街を走り回ったプジョーD4バンが、要塞内の中庭に姿を見せた。キャブオーバー構造の丸みを帯びたボディにハイルーフを組み合わせたこの商用車は、パン屋や食料品店の配達車として戦後フランスの日常風景に欠かせない存在だった。ヴァル=ドワーズ県ナンバー(95)を付けたこの個体は、丁寧に保存されたブルーグレーの塗装とホワイトのアクセントラインが当時の姿を忠実に伝えている。背後には複数のシトロエン・トラクシオン・アヴァンが並び、要塞の石造りの建物とともに、フランス戦後史の一断面を凝縮したような光景を作り出していた。

この歴史的な舞台を選んでイベントを開催したのは、シトロエン・トラクシオン・アヴァン専門クラブ「ラ・トラクシオン・ユニヴェルセル(La Traction Universelle)」のイル=ド=フランス支部と、「シランドル・エ・ピストン(Cylindres et Pistons)」協会の共催だ。「ユニヴェルセル(普遍的な)」の名が示す通り、特定のバリアントに限らずトラクシオン・アヴァン全般を愛するこのクラブのIDF支部は300名以上の会員を擁するパリ圏最大のトラクシオン愛好組織であり、レトロモービルやオートメドンへの出展でも知られる。

黒塗りのシトロエン・トラクシオン・アヴァンが、フォール・ド・コルメイユの石造りの兵舎を背に整然と並んだ。1934年に登場し1957年まで製造されたこの前輪駆動車は、要塞が軍事刑務所として機能していた1950年代、そして刑務官の住居として使われていた1960年代にも、現役としてフランスの道を走っていた。丘の上のこの要塞にトラクシオン・アヴァンが出入りしていたとしても、何ら不思議はない。あの時代の記憶をそのまま纏ったような黒い車体が、かつての兵舎の壁の前に並ぶ光景は、単なる旧車イベントの展示を超えた時間の重なりを感じさせた。世界初の量産前輪駆動車として76万台以上が生産されたこの名車の遺産を守るLa Traction Universelleが、あえてこの要塞を舞台に選んだことには、計らずも深い必然性があったのかもしれない。

ドラム缶の上に無造作に置かれたFFVEの冊子『RÉTROSPECTIVE』が、会場の空気をよく表していた。「代表する・保存する・伝える・連帯する(Représenter – Préserver – Transmettre – Fédérer)」というFFVEの理念を掲げたこの刊行物は、ミントグリーン、黄緑、ボルドーと年ごとに色を変えて発行されており、複数の年版が重ねて置かれていた。参加者が自由に手を伸ばせるこの光景に、フランスの旧車文化を支えるコミュニティの、気取りのない連帯感が滲んでいた。

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