『LMFAO』の大ヒット曲「Party Rock Anthem」に参加したイギリス出身の歌手ローレン・ベネットが今年5月に36歳で亡くなった。10月30日に英国で死因審問が開かれ、死因が明らかに。審問では、亡くなる前の数カ月間の様子についても証言が示された。(フロントロウ編集部)

死因審問で示された判断

ローレンの死因審問は、イングランド南東部ケント州メードストンのケント・メドウェイ検視官裁判所で行なわれた。英Independentによると、担当したジョティ・ギル補助検視官は、ローレンの死を自死と結論づけた。

ローレンは5月29日、地元ケント州の自宅近くで、夫で俳優・ダンサーのケニー・ウォーマルドと父親のリチャード・ベネットによって発見された。ローレンとケニーは米ロサンゼルスで暮らしていたが、その後、娘とともにイギリスに戻っていたという。

審問では、ローレンが今年1月に精神的な不調に陥り、入院していたことが明かされた。その後も精神的な苦痛を抱え、処方薬の影響について訴えていたという。亡くなる直前まで専門的な精神医療サービスを受けており、死の数日前にも担当者と面談していたと報告された。

また、数年前に遺伝性疾患の脆弱X症候群と診断されていたことも報告された。父親のリチャードは、気を紛らわせられるよう一緒にボードゲームをするなど、ローレンと過ごす時間を増やしていた。亡くなる前日にも診察に付き添っており、その際、医師はローレンに不安や不眠の症状があると報告していたという。

父親が訴えていた医療への失望

ローレンの死は、かつて所属したガールズグループ『G.R.L.』のインスタグラムで公表されていた。父親のリチャードは訃報のあとSNSで、娘が亡くなる前の数カ月に処方薬への重い反応に苦しんでいたことを明かし、英国の国民保健サービス(NHS)で受けた治療への失望をつづっていた。

英LADbibleによると、リチャードは「彼女の死の状況について疑いは持っていません。ただ、5カ月にわたって、医療の専門家たちが最も助けを必要としていた時期に彼女を適切に治療しなかったことに、深く失望しています」とコメントしていた。

G.R.L.のメンバーは追悼文で「ローレンの美しい魂は多くの人の人生に触れ、これからも深く惜しまれ、永遠に愛され続けるでしょう」と悼んでいる。

世界的ヒットに声を刻んだキャリア

ローレンは10代でオーディション番組『Xファクター』に出場し、17歳で渡米してガールズグループの『パラディソ・ガールズ』に参加。2011年には、『LMFAO』の「Party Rock Anthem」にゴーンロックとともにフィーチャリング・アーティストとして参加した。同曲は米Billboard Hot 100で6週にわたって1位を獲得し、2011年を代表する大ヒットとなった。

その後、2013年に5人組のG.R.L.に加入。シングル「Ugly Heart」は全英シングルチャートで最高11位を記録し、ピットブルの楽曲「Wild Wild Love」にもグループとして参加した。

グループは、メンバーのシモーン・バトルが2014年に亡くなった後、2015年にいったん解散。2016年には新たなメンバー構成で再結成され、ローレンも参加した。

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