かつて被爆した児童のために設けられた「ある学級」の記憶を、現代の子どもたちに伝える取り組みです。

(長崎大学 石川衣紀 准教授)
「いま城山小学校に原爆学級ってありますか?ないね。世界で唯一、城山小学校にだけ、被爆した子どもたちのことを大事にしようと思って作られた学級があった」

爆心地から約500メートルにある長崎市の城山小学校では、1400人を超える児童が原爆の犠牲になりました。

この日、6年生約100人が学んでいたのは、かつてこの学校にあった『原爆学級』についてです。

1952年から6年間だけ、被爆した児童の健康状態を見守るために各学年に設けられた特殊学級です。

核兵器が使われ、再びこの学級がつくられることがないように。

原爆学級の研究者と卒業生の取り組みです。

生活や発達に配慮が必要な子どもたちの教育を研究する「日本特別ニーズ教育学会」。

理事の髙橋智さんは、『原爆学級』を伝える当時の新聞記事を目にしたのをきっかけに、長崎大学の研究者石川衣紀さんとともに去年から調査研究を進めてきました。

この日、2人が面会したのは被爆者の池田靖子さん。

城山小学校の『原爆学級』の卒業生です。

(被爆者 池田靖子さん)
「大学病院から若い先生たちが検査に来ていた。耳たぶをカミソリで切って血を取って検査していた。並んで見ていると怖かった」

被爆した児童の中に、体調を崩し亡くなる子がいたことに心を痛めた当時の校長が主導してできた『原爆学級』。

子どもたちに伝えようと、池田さんらに講演を依頼しました。

(日本特別ニーズ教育学会 髙橋智 理事)
「今の子どもたちが原爆学級についてしっかり学んだあと、もう二度と原爆学級が必要ない世の中をつくるためには、みんなで何をしなければならないか、しっかりと話し合う場にできたら」

小学4年生から3年間を『原爆学級』で過ごした池田さん。

時には怖い検査もありましたが、楽しく遊んだ思い出ばかりだといいます。

(被爆者 池田 靖子さん)
「本当に楽しかった。城山小でよかった、担任と学校に守られて暮らしていたんだな」

(日本特別ニーズ教育学会 髙橋智 理事)
「学校が普通に楽しくて友だちと勉強するのが楽しいという、ごく当たり前の日常が守られているというのは、平和そのものだと感じる。そこに原爆学級の意味があったのでは」

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