「日本にデザインミュージアムを」——そんな思いを掲げて活動する一般社団法人Design-DESIGN MUSEUMが、8月26日、「DESIGN MUSEUM JAPAN TOUR in 山梨」を開催しました。昨年の山梨(7月)・山形(10月)に続く、3回目のツアーです。
舞台は2度目となる山梨県。山梨県出身のデザイナー・深澤直人さんとともに、民藝、建築、食など、ジャンルを横断しながら地域をめぐりました。なかでも印象的だったのが、深澤さんご自身が30年という時間をかけてつくり上げてきた「小さな森と小屋」です。
旅を通して、どんな「デザインの宝物」が見えてきたのか。深澤さんや参加者の声を交えながらレポートします。
酒蔵・七賢(白州町)——水が育む、土地の記憶
酒蔵・七賢(白州町)
午前10時、小淵沢駅に15名の参加者が集合しました。
最初に向かったのは、酒蔵「七賢」です。北杜市白州町唯一の酒蔵で、創業は1750年。長野で酒造業を営んでいた本家の7代目が、白州の水に惹かれて酒造りを始めたのがその起源だとか。
行在所(明治天皇御宿泊所)
「行在所」「御配水」山岡鉄舟 直筆
敷地内奥には御膳水の井戸も残されている
まず目を奪われたのは、厳かな佇まいの木造建築でした。明治13年、明治天皇のご巡幸の際には、奥座敷が宿泊所「行在所」として使われたといいます。現在も山梨県指定有形文化財として大切に残されています。
「竹林の七賢人」が描かれた欄間
奥の間には、「七賢」の名の由来にもなった「竹林の七賢人」の欄間がありました。高遠藩内藤駿河守から拝領したものだそうです。部屋に残る調度品のひとつひとつにも、長い年月が育んだ趣が感じられました。
風格ある日本庭園、富士山を思わせる石にも趣
続いては、「Stone」と呼ばれる空間へ。かつてタンク貯蔵酒の保冷庫だったこの場所は、タンクを支えていた「沓石(くついし)」にちなんで名付けられたそう。
「Stone」かつてタンク貯蔵酒の保冷庫だった場所で
甲斐駒ヶ岳の伏流水を仕込み水に使った日本酒をテイスティング。
まずいただいたのは、七賢の屋号を冠した「純米大吟醸 大中屋」。ライチやローズウォーターを思わせる優美な香り、やわらかな口当たりと上品な甘みに感激。ひと口で、夏の白州に涼風が通るようでした。
続いて、フランス料理界の巨匠アラン・デュカスとの共演による「アラン・デュカス スパークリング サケ」。きめ細かな泡と華やかな香りに、国産桜樽由来のほのかな苦みも。すっきりとした後味には、ついもうひと口と誘われるような魅力がありました。
最後は「甘酸辛苦渋」。五つの味のバランスを追求した一本で、キャラメルを思わせる香りが印象的。照り焼きや味噌煮など、味わいのしっかりした料理にも合いそうな懐の深さがありました。
右から北原兵庫さん(七賢・会長)、倉森京子さん(Design-DESIGN MUSEUM代表理事) 撮影:河瀬大作、提供: Design-DESIGN MUSEUM
お話を伺いながら日本酒三種の飲み比べ、中央・深澤直人さん 撮影:河瀬大作、提供: Design-DESIGN MUSEUM
ここで、日本酒造りの要でもある「水」をめぐって、深澤さんが幼い頃の思い出を話してくださいました。
小児喘息を患っていた深澤さんは、南アルプスの登山口ですくって飲んだ水をきっかけに、元気になったという記憶があるのだとか。「すごい水なんだ」と感じたこと、そこに「おたまじゃくし」がいたことまで、今も鮮明に覚えているそうです。
日本酒のみならず、山梨の水がもたらす豊かな恵みを感じるエピソードでした。
Gallery Traxとsun.days.food(高根町)——作品と人が育つ場所
Gallery Trax エントランス
使われなくなった保育園を改装し、1993年にオープンしたGallery Trax
続いて向かったのは、八ヶ岳南麓にある「Gallery Trax」と「sun.days.food」。眩いほどの自然のなかに、ギャラリーとカフェが静かに佇んでいます。
「Gallery Trax」は、インテリアデザイナーの木村二郎さん(2004年没)とグラフィックデザイナーの三好悦子さんが1993年に設立。使われなくなった保育園を木村さんが自ら改修し、家具やオブジェまで手がけた、建物そのものが作品のようなギャラリーです。
展示の仕方も作家ごとに異なり、展示が変わるたびに、空間も新しい表情を見せるのだとか。
展示空間を探検 撮影:河瀬大作、提供: Design-DESIGN MUSEUM
これまでに角田純、五木田智央、大森克己など、第一線で活躍する作家たちが作品を発表。ここから世界へ羽ばたいた作家たちにとっても、Gallery Traxは「ふるさと」のような場所なのだとか。
この日は、川内倫子、田中亮平、久保田珠美、藤田はるかによる企画展「Forms in Flux」を開催中でした。
左から倉森京子さん、三好悦子さん、深澤直人さん
「木村さんがつくったものも、この空間も愛おしくて離れられない」「皆さんが見に来てくれるので、続けてきてよかった」と三好さんは話します。今では若いスタッフも加わり、木村さんの残した空間が、大切に受け継がれています。
園庭に置かれたテーブルと椅子。八ヶ岳の山々を眺めながらランチをいただきました
そして、Gallery Traxの目の前にある小屋を改修してオープンしたのが、カフェ「sun.days.food」です。
特別に用意していただいた彩り豊かなお弁当に舌鼓。自然に囲まれてのランチタイムは、わいわいとピクニック気分も味わえて、どことなく懐かしいひとときでした。
sun.days.foodのお弁当 ローストビーフ、牛カイノミのステーキ、焼きそば入りのモダン焼きなど
浅川伯教・巧兄弟資料館(高根町)——異なる土地の美に向き合い、価値を伝える
続いて「浅川伯教・巧兄弟資料館」では、朝鮮工芸の美を世界に伝えた兄弟の足跡をたどりました。
朝鮮の民藝にいち早く光を当てた思想家・柳宗悦。その研究をきっかけに、歴史学者の高崎宗司が兄弟の歩みを掘り起こし、著作にまとめたことで、地元でもその存在が広く知られるようになったそうです。
左から<青花 草花文 面取 壺>(写し)、<青花 草花文 瓢形瓶>大正時代(推定)
北杜市高根町出身の兄弟は、日本統治下の朝鮮半島で暮らしながら現地の文化や人々に深く向き合い、なかでも巧は工芸や民具に目を向け、その美と価値を広く伝えました。
見いだされ、記録され、受け継がれていく。そんな歴史にも、旅のテーマが重なって見えました。
深澤直人さんの「小さな森と小屋」——自然と人の手、その間にあるデザイン
深澤さんの「小さな森と小屋」
さらに山道を登り、深澤さんの「小さな森と小屋」へ。
深澤さんがその環境に魅せられ、30年にわたって少しずつ手を入れてきた特別な場所です。苔むした石垣も、深澤さん自身の手によるものだとか。
ここでは、八ヶ岳南麓高原のアップルパイを囲みながら、参加者との座談会が行われました。
ウッドデッキの上で深澤さんを囲んで 撮影:河瀬大作、提供: Design-DESIGN MUSEUM
アメリカから日本に戻ってきた頃、この土地を手に入れたという深澤さん。当時は雑草が背丈ほどまで伸び、辺り一面ぼうぼうだったそうです。
「最初はテントを張って過ごしていました。まずは仮設トイレを借りるところから始まり、鎌を手に、少しずつ土地に手を入れていきました。最初の1年は失敗だらけでしたが、手を入れていくうちに、少しずつ自分が思っていた景色が手に入ってきたのです。2年目頃からは基礎を自分でならし、ウッドデッキをつくり始め、友人たちも来られるようにしました」
デッキもつくり替えを重ね、現在は3代目。3代目にはプロの手も入ったそうです。ゆったりとしたデッキは、深澤さんの言葉を借りれば、さながら桂離宮の月見台のよう。
「この辺りは恩賜林でした。つまり、今後、目の前に家が建つことがないのです」
森を眺め、風を感じるのにもぴったりの場所です。
小屋の中には薪ストーブも
小屋にはレッドシダーを使い、防虫性や断熱性にも配慮。中には薪ストーブがあり、倒れた木を薪として使うこともあるそうです。
暗くなる前にランタンを灯し、キャンプをしたり、七輪で焼き鳥を焼いたり。「不便なこともある、不便だからこそいいこともある」。都会から離れて、ただほっとできる時間がそこにはありました。
「手を入れすぎないことも大切にしています。自然に対して、やりすぎない。人の手が入っているけれど、自然でもある。そのバランスが面白い。これもひとつのデザインだと思います」と深澤さんは語ります。
一方で、ここでのものづくりは、デザインの仕事とはまったく違うのだとか。
「僕は基本的に完璧主義で、デザインの仕事ではノイズが許せない。プロジェクトでは失敗しないように、全部逆算して、プレゼンでも必要なものはすべて持っていく。でも、ここではよく失敗するんですよ。DIYショップにもメモを持たずに行くため、気づけば金槌が5本もある。使わないネジもいっぱいある」
そう笑いながら、深澤さんは続けます。
「プロジェクトでは失敗しないことが大事だけれど、ここでは失敗してもいい。むしろ、失敗しながらつくっていくことに面白さがあります」
参加者の質問に答えるデザイナー・深澤直人さん 撮影:河瀬大作、提供: Design-DESIGN MUSEUM
伝統技法の継承と現代建築への活用、プロダクトデザインと建築・ファッション界の違い、AIの生かし方・共存の仕方など、参加者との語らいは多岐にわたりました。
ふと耳を澄ませば、クルミやミズキの間を抜ける風、近くを流れる沢の気配、あちらこちらから響くヒグラシの声。デザインされた空間でありながら、演出ではない自然の妙に触れて、五感がひらかれていくような心地がしました。
書店YOMUとアメリカヤ——受け継いだ場所に、新しい人と文化を迎える
外観も内装もオシャレな「YOMU」、看板のイラストもかわいい
最後に訪れたのは、韮崎駅近くの書店「YOMU」と「アメリカヤ」です。
アートディレクターの土屋誠さんが2025年に開いた「YOMU」は、「誰かの心に響く本」をコンセプトに、新刊を中心とした幅広いジャンルの本を揃える書店です。
そのときの自分に、ふと寄り添う一冊との出会いに心が躍ります。この日の私は、養老孟司さんの猫をめぐる本や、バッジュ・シャーム『世界のはじまり』、ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』、ジェイン・オースティン『傲慢と偏見』、マーガレット・ワイズ・ブラウン『たいせつなこと』を手に取りました。
店舗に隣接したギャラリースペースでは、本を入り口にさまざまな文化に触れることができます。本を買って帰るだけではなく、そこで過ごす時間そのものを楽しめる。そんな、新しい書店の姿がありました。
ライトアップも趣がある夕暮れ時のアメリカヤ
かつて街のシンボルだった「アメリカヤ」は、昔ながらの風情が残る韮崎中央商店街にあります。1967年に建てられ、地域に長く親しまれたものの、閉店後は15年にわたり空きビルに。2018年、古き良き部分を残しながらリノベーションされ、カフェやショップなど9つのテナントとコミュニティスペースを備えた複合施設として生まれ変わりました。
この日訪れたのは、5階のコミュニティスペース「SCAPE」。三方の窓からは富士山や茅ケ岳、韮崎の街並みを一望できます。眼下を走る電車を眺めたり、ハンモックでひと休みしたり。思い思いに過ごせる、こんな場所が近所にもあったらいいのになぁと想像を膨らませました。
5階のコミュニティスペース「SCAPE」
18時を回り、ついにお別れの時。韮崎駅から、それぞれ帰路につきます。
車中では、深澤さんが「小さなおかずひとつひとつがとても美味しい」とおすすめする「元気甲斐」弁当を味わいながら、一日の余韻に浸りました。
参加者の声——ツアーが持つ「ミュージアム」としての可能性
第1回からすべてのツアーに参加されている稲葉千寿さん(鎌倉市)にお話を伺いました。参加のきっかけは、同じく第1回から参加の方から「新しいツアーの募集が出ましたよ」と連絡をもらったことだったそう。
「これまで、座談会や展覧会に続く新しい展開を応援したい気持ちで参加してきました。現代を代表するデザイナーが、地方で何をデザインとして捉えるのか。それを現場で生で見て、聴けるのは、ほかでは得られない贅沢な体験です。今回は深澤直人さんが2度目の同行で、第1回の体験が深められるという期待がありました。プライベートな小屋訪問、滞在は、デザイナーの充電時間を共有していただき、期待以上でした。そして今回のプログラムにもデザインを感じました。最初に日本酒が少しずつ試飲できて、緊張がほぐれ、ずっと幸せな気分で(笑)」
さらに、稲葉さんは、このツアーが持つ「ミュージアム」としての可能性についても話してくださいました。
「収集と所蔵(アーカイブ)、展示、交流など、私たちがミュージアムに求める機能は多いですが、このツアーは、デザインの発見者がメディアとなって価値を伝え、新たに価値を発見する現場にも立ち会えます。さらに、発見されたもの、訪問を受けた活動、場所の運営者、事業者が励まされているようです。デザインミュージアムは、未来や世界に繋げ、広げるエンパワーメント機能がある、動的アーカイブではないかと思います。」
中央・深澤直人さん アメリカヤ5階「SCAPE」にて 撮影:河瀬大作、提供: Design-DESIGN MUSEUM
取材後記——見つける目が、デザインを育てる
一日の終わりに振り返ると、訪れた場所は実に多彩でした。それぞれの場所に、それぞれの「デザイン」がありました。
それは完成された「作品」だけではありません。つくる人、使う人、受け継ぐ人、訪れる人。それぞれの視点や営みが、ものや場所に新たな価値を見いだし、また次へとつないでいくのだと感じました。そうした関わりを見つめ、伝えていくことも、ミュージアムの大切な役割と言えそうです。
世の中には、長い時間を経てから、その価値が広く知られるようになるものがあります。評価されるその時を待たずとも、私たちは既に、たくさんの「デザインの宝物」に囲まれて暮らしているのかも知れません。
皆さんの身のまわりにも、まだ気づいていない「デザインの宝物」があるのではないでしょうか。(ライター・山本まりこ)
Design-DESIGN MUSEUM:Design-DESIGN MUSEUM
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