京都市京セラ美術館(京都府京都市左京区)で、特別展「生誕140年記念 染織家 山鹿清華やまがせいか─宙翔ぶイマジネーション」が9月19日から開催されます。
本展は、染織芸術のパイオニア・山鹿清華。染・織・図案から空間装飾まで、その想像力をたどる40年ぶりの回顧展です。
明治、大正、昭和―――。日本が近代化へと急ぎ、激動の荒波をくぐり抜けた時代、伝統としての染織に革命をもたらした一人の染織家がいました。それが山鹿清華(1885-1981)です。
山鹿は、それまで着物や帯といった「用の美」の枠にとどまっていた染織を、絵画や建築と響き合う芸術の域へと昇華させたパイオニアでした。その創造の核となったのが独自の「手織錦」です。本展は、若き日の野心と志を乗せて出帆した出世作《和蘭陀船》(本展では織下絵を展示)に始まり、伝統的な日本画の素養に裏打ちされた革新的な図案力でもって大迫力のパノラマを生み出した飛躍期、困難な時代を経てたどり着いた晩年の平和への強い希求まで、山鹿の軌跡をあますところなく紹介する待望の回顧展です。
山鹿清華《星座・月・ロケット》1958年、京都市美術館蔵
特別展「生誕140年記念 染織家 山鹿清華─宙翔ぶイマジネーション」
会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊1階
(京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124)
会期:2026年9月19日(土)~12月20日(日)※会期中、一部展示替えあり
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
観覧料(税込):一般 1,800円、高大生 1,300円、中学生以下 無料
※障がい者手帳等をご提示の方は、本人及び介護者1名無料(要証明)
※学生料金でご入場の方は学生証を要提示
アクセス:
地下鉄東西線「東山駅」より徒歩約8分
市バス「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車すぐ
詳細は、京都市京セラ美術館公式サイトまで。
展覧会構成
プロローグ 山鹿清華とはなにものか―《和蘭陀船》、志を乗せた出帆
京都の工芸界の第一線で活躍した大家であるにもかかわらず、1985年の「近代染織の創始者:山鹿清華」展以来、その名と作品を総覧する機会はほとんどなく、現在を生きる多くの人々にとって、山鹿は“未知の作家”かもしれません。1927年、新設されたばかりの帝展・美術工芸部門に出品され、満場一致でみごと特選に選出された《和蘭陀船》織下絵の展示から、本展がスタートします。
山鹿清華《和蘭陀船》織下絵 1927年、京都市美術館蔵
1章 指先で描く―手織錦の世界
山鹿清華の代名詞である「手織錦」は、彼の造語です。それは、技法を指す言葉ではなく、山鹿の織物の制作プロセスが他の染織品と異なっていることに由来します。多くの染織品が高度な分業体制でつくられるのに対し、手織錦は、図案の構想から下絵制作、糸の選定、そして織り上げに至るまでの全工程を一貫して一人の作家が手がけています。
色や糸の選択を自由にコントロールし、従来の染織の枠を超え、織りの技法そのものによって絵画のような豊かな色彩や立体的な表現を創り出した――。これこそが、山鹿清華が染織芸術のパイオニアと呼ばれるゆえんです。
本展のメインビジュアルである、高さ3メートルを超える大作《星座・月・ロケット》をはじめ、本章では山鹿の主題選択のユニークさと、素材選択の豊かさを存分に堪能できます。
山鹿清華《冷蔵果》1932年頃、京都国立近代美術館蔵
アーティチョーク、ポロネギなど珍しい野菜がたくさん。冷蔵庫内のひんやりとした空気感を表現するためにビニール製の糸が用いられています。
山鹿清華《月着》1969年、東京都現代美術館蔵 写真撮影:大谷一郎
アポロ11号の月面着陸に端を発した宇宙ブームを旬の題材として作品に仕上げています。
山鹿清華《霊長図》(部分) 1953年、神宮徴古館農業館蔵
山鹿清華《曲技》(部分) 1950年、個人蔵
図案化された動物たちの愛くるしい姿にも要注目です。
2章 貪欲に学ぶ―日本画、図案、そして古裂こぎれの研究
若年の山鹿が培った画技とデザイン力、そしてイマジネーションの源はどこにあったのか。本章では、その飽くなき学びの精神に光を当て、山鹿を山鹿たらしめた形成期の道程を辿ります。十代で日本画を河辺華挙かわべかきょに、織物図案を西田竹雪にしだちくせつに学び、写生の基礎とデザインの素養を磨いた山鹿ですが、25歳のときに願い叶って日本画家で図案家の神坂雪佳かみさかせっかへの入門を果たします。琳派をモダンに昇華させ、ジャンルを越えて活躍する先駆者として敬慕していた雪佳からの学びは、山鹿を大いに成長させたことでしょう。
もうひとつ、山鹿が「座右の師」と仰ぎ、終生探究し続けたのが古裂でした。当代の美術家、図案家が名物裂を模写し、それを木版であらわした34冊組の豪華本『綾錦』では、描き手として参加するほか、自身の古裂も提供するなど、14年にわたる壮大なプロジェクトに尽力しました。
『綾錦』第一巻表紙 1916年、京都市美術館蔵
『綾錦』第一巻 1916年、京都市美術館蔵
山鹿清華がデザインし、『綾錦』のためだけに製織した豪華な織物の装幀と、名物裂を模写した木版画。
神坂雪佳『百々世草』より《狛児》1909-10年、美術書出版株式会社芸艸堂蔵
神坂雪佳『百々世草』より《藤》1909-10年、美術書出版株式会社芸艸堂蔵
師である神坂雪佳の代表作《百々世草》の展示も見ることができます。
3章 躍動する手織錦祭礼を彩る懸装けそう品の競演
山鹿清華は、伝統祭礼の懸装品を手織錦で現代化し、山や鉾にまつわる物語や由来を象徴的なモチーフで織り込みました。昭和に再興・更新された祇園祭の山鉾装飾にも関与し、「昭和の鉾」を彩る新作群の中心的作家と言っても過言ではありません。本章では、日本三大山車祭に数えられる「祇園祭」と「長浜曳山祭」における山鹿清華の懸装品が紹介されます。祭礼とともに町の誇りとされてきた至高の染織芸術が、華やかに一堂に会します。
山鹿清華《萌春》(部分) 1929年、長浜曳山祭神戸町組孔雀山蔵
山鹿清華《供華》1926年、長浜曳山祭呉服町組常磐山蔵
4章 時代を刻む―大陸の記憶、平和への希求
山鹿清華は、1981年に96歳で没しました。エピローグでは、朝鮮半島および中国大陸への旅と、そこから生まれた大作《熱河》、そして戦中から戦後へと急転した時代と作家のかかわりに目を向けます。大陸の記憶を繰り返しモチーフとした戦時期の作品群から、終戦の翌年に発表された《平和之礎》へ―――。その手織錦には激動の昭和という時代の記憶が、確かに刻みつけられています。
山鹿清華《熱河》織下絵 1937年、京都市美術館蔵
山鹿清華《児童協韻》1950年、公益財団法人日本伝承染織振興会蔵
山鹿清華《闘士カンガルー》1960年頃、京都市美術館蔵
エピローグ 空間を彩る―社交場を飾るパノラマ
染織芸術というジャンルを確立した山鹿清華は、活動の幅をさらに広げ、建築・空間デザインの一部として染織を用いる仕事を数多く手がけるようになります。特に昭和を代表する建築家・村野藤吾との協働による、都ホテル(現・ウェスティン都ホテル京都)の宴会場「稔りの間」の大壁画や、豪華客船初代「ぶらじる丸」の室内装飾はその代表作ともいえます。徹底して細部や素材にこだわった村野との協働は、板絵や染織など山鹿の表現を近代建築へと接続し、国際的な公共空間でも通用する総合芸術の一翼に据えました。本章では、山鹿の空間デザインの仕事が、残された作品や資料などから包括的に紹介されます。
山鹿清華 都ホテル宴会場「稔りの間」大壁画《豊穣》下絵(部分) 1939年頃、京都市美術館蔵
山鹿清華 都ホテル宴会場「稔りの間」大壁画《豊穣》(部分) 1939年頃、京都市美術館蔵
山鹿清華 都ホテル宴会場「稔りの間」大壁画《豊穣》(部分) 1939年頃、京都市美術館蔵
初代「ぶらじる丸」一等ラウンジ 画像提供:木津重俊
山鹿清華(1885-1981)・プロフィール
京都市内で最古の活版印刷所を営む両親のもとに生まれる。近隣には竹内栖鳳ら当代最高の画家も居を構えており、文化的な環境で作家としての素地は育まれた。15歳で西陣の図案家に師事。作家自らの一貫制作によって生み出される「手織錦」により染織美術というジャンルを確立し、祭礼装飾、奉納懸装品、緞帳のほか、ホテルや豪華客船の室内装飾なども手掛けた。工芸の発展と後進の育成にも尽力し、1969年文化功労者に選出されている。
着物や帯といった実用的な「用の美」の枠組みを鮮やかに飛び越え、織物そのものを絵画や建築と響き合う一大芸術へと昇華させた染織家・山鹿清華。下絵から糸の選定、製織までを作家自らが一貫して手掛けた「手織錦」は、絵画のように自由で奥深い色彩や立体的な表現力を持ち、今なお観る者の心を惹きつけてやみません。宇宙船や珍しい野菜、愛らしい動物たちを自在に織り込んだモダンな感性、そして名建築や伝統祭礼を華麗に彩ったパノラマの世界は、まさに息をのむ美しさです。40年ぶりとなるこの貴重な大回顧展で、糸と色が織りなす圧倒的なイマジネーションの世界を、ぜひ会場で体感してみてはいかがでしょうか。(美術展ナビ)
