【ウジホロド(ウクライナ)IPS=カルロス・ズルトゥザ】
マリーナさんは、自分が育てている花を特に気に入っているわけではないという。それでも、「なぜか分からないけれど」、人々は買ってくれる。首都キーウから南西へ約800キロ離れたウジホロド中心部。75歳のウクライナ人女性マリーナさんは、ヴォロシナ通りの歩道で、菊やダリア、グラジオラスを売っている。いずれも自宅の小さな庭で育てたものだ。|英語版|
午後4時の市場閉店まで、あと30分ほど。手元にはまだチーズ1個、鶏2羽、卵12個が売れ残っている。全部売れても、およそ15ドルにしかならない。しかし、それでも彼女の月額年金の約5分の1に相当する。30年以上、郵便配達員として働いた末に得られる年金では、それが精いっぱいなのだ。
「誕生日や結婚式、お墓参りに持っていく人が買ってくれます。調子のいい日なら500フリヴニャ、11ドルくらい稼げます」
西部ウクライナで気温が40度近くまで上昇したある朝、マリーナさんはIPSの取材にそう語った。
Map of Ukraine
この年齢になってまで、暑さや寒さにさらされながら生活費を稼がなければならないとは、夢にも思わなかったという。
マリーナさんは、生活のため高齢になっても街頭で働き続けざるを得ない、ウクライナ全土の数十万人の高齢女性の一人である。ウクライナ年金基金によると、年金受給者の大半が受け取る月額年金は60~100ドル程度にすぎない。
小学校教員の月給が180ドルにも満たない一方、米1キロ、牛乳1リットル、ガソリン1リットルはいずれも2ドル近くする。これでは到底、家計の収支は成り立たない。
ウクライナで続く戦争は、状況をさらに悪化させた。ロシアが2022年2月24日に全面侵攻を開始して以来、マリーナさんが路上で過ごさなければならない日はあまりにも増えた。
重要な民間インフラへの攻撃は絶えず、経済危機も深刻化している。さらに、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば国内避難民は360万人に達し、その流入によって西部地域の住宅価格も上昇した。ウジホロドで部屋を借りる場合、平均で月220~380ドルかかる。
マリーナさんによると、娘ができる限り助けてくれているという。「特に冬は、家を暖めなければならないし、売る花もありませんから」
戦争が終わり、暮らしが良くなる希望はあるのだろうか。
彼女の答えは明快だった。
「これからもっと悪くなるだけです」
戦争は東部や南部の塹壕を中心とした消耗戦となり、ロシアはウクライナ領土のおよそ20%を占領している。ウクライナは西側諸国の支援を受けながら抵抗を続けている。モスクワは領土を要求し、キーウはロシア軍の完全撤退を求めている。
100ドルにも満たない年金、物価高、そして戦争。ウジホロドの高齢者たちは、老後も働き続けなければ家計を維持できない。
2026年現在、紛争は膠着状態にあり、本格的な和平交渉は行われていない。それでも砲撃は止まず、人道上の惨事は、数万人の死者と600万人を超える国外避難民という形で表れている。
ウジホロド中心部。この国境都市は、国内避難民を受け入れ、EUからウクライナへ入る人道支援の重要な拠点となっている。写真:Karlos Zurutuza / IPS
欧州委員会の内部報告書によれば、ウクライナは今年、軍事支出に1340億ユーロ以上を投じる見通しで、これは国家予算で当初見込まれていた額の2倍以上に当たる。政府支出全体の60%を占める規模だ。
エネルギー価格の高騰、危険を伴う物流、燃料費などが主な要因となり、国内の物価は欧州連合(EU)諸国とほぼ同水準にまで上昇している。復興費用は5000億ドルと推計されているが、現時点ではEUや米国国際開発庁(USAID)などによる個別の事業が進められているにすぎない。
ウクライナの年金は戦前から生活費に比べて十分とは言えなかったが、戦争による家計への打撃で、高齢者の生活はいまや限界に達している。多くの人々が、親族や慈善団体からの支援だけを頼りに暮らしている。
ウジホロド中心部で行われている戦争支援の募金活動。全面侵攻開始から4年以上が経過し、キーウ政府は国家支出の60%を国防に充てている。写真:Karlos Zurutuza / IPS
見えないところで
ウジホロドはハンガリー国境から約20キロ、スロバキア国境からわずか5キロに位置する。2022年以来、ウクライナの人道支援を支える「橋渡しの都市」の一つとなってきた。
何十万人もの国内避難民がこの街を通過あるいは滞在し、国境を越えて入ってくる支援物資もここを経由する。そのため、市内には多くの非政府組織(NGO)が活動拠点を置いている。
市内のカリタス事務所で活動するボランティアはIPSに対し、資金がある限り、高齢者に食料品、紙おむつ、医薬品などを提供していると説明した。しかし、利用できる資金は次第に少なくなっているという。
市内の赤十字関係者も、同様の支援に加え、「ワークショップや外出行事、娯楽プログラムなども提供している」とIPSに語った。
しかし、ウジホロド中央市場を訪れれば、余暇を楽しむ余裕が誰にでもあるわけではないことがすぐに分かる。
一見すると、市場は欧州のどの都市にもある市場と変わらない。露店には果物や野菜、卵、肉などの生活必需品が所狭しと並び、買い物客も少なくない。
違いが見えてくるのは、もう少し細部に目を向けたときだ。
「地元の人たちは今でも挨拶しに来てくれます。でも、以前ほど買ってくれません。お金がないからです。その一方で、キーウなど大都市から避難してきた人たちは、うちの商品がもっと自然で安いのに、スーパーへ行ってしまいます」
76歳のオクサナさんはそう嘆く。
彼女が露店に立ち続ける理由は、100ドルにも満たない年金だけではない。3人の息子が、強制的に動員されるのを避けるため、村に身を潜めて暮らしているからだ。
息子たちはできる範囲で家庭菜園を手伝っているが、一つの家で暮らすには人数が多すぎる。
国防省によると、約200万人のウクライナ人が軍の徴兵担当者から身を隠して生活している。前線へ送られることを恐れ、何カ月も家や村から出ずに暮らす人も少なくない。軍事訓練をほとんど受けていないまま前線に送られる可能性もある。
オクサナさんは感情をあらわにした。
「警察や軍隊は私たちを守るためにあるのではないのですか。武器の持ち方すら知らない息子たちを、なぜ屠殺場のような戦場へ連れて行こうとするのですか」
花や卵、野菜を売るウクライナの高齢者たち。戦争、低い年金、物価上昇によって、老後の暮らしはますます不安定になっている。
ウジホロド中心部で果物や野菜を売るエリザベスさん。数十年にわたり働き続けてきたにもかかわらず、74歳となった今も貧困から抜け出せずにいる。写真:Karlos Zurutuza / IPS
終わりの見えない戦争
オクサナさんのすぐ隣では、67歳のアーニャさんが「自分はまだ運が良かった」と話す。4人の子どものうち3人は国外におり、残る1人は彼女と暮らし、兵役を免除されているからだ。
午後4時の市場閉店まで、あと30分ほど。彼女の手元にはまだ、チーズ1個、鶏2羽、卵12個が残っている。
全部売れても約15ドル。それでも、彼女の月額年金の約5分の1に相当する。30年以上、郵便配達員として働いた末に得られる年金では、それが現実なのである。
かつて観光地として賑わっていたこの街では、土産物店や旅行代理店、レンタカー会社の多くが、板で覆われたままか、空っぽの店舗となっている。更新されなくなったウェブサイトだけが、戦争以前の生活が存在していたことを物語っている。
新しい現実から目を背けることは難しい。
菩提樹が並ぶ川沿いの遊歩道を歩けば、テーブルの上に置かれた軍用ドローンが目に入る。その横には、戦争支援のための募金箱が置かれている。
74歳のエリザベスさんは、戦争が始まるずっと前から路上で物を売ってきた。雨には慣れているが、この夏の猛烈な暑さの方がこたえるという。
彼女は毎日、ウジホロドから南東へ15キロ離れたヴェリキ・ラジ村から通ってくる。
夫がリンゴやピクルス、卵を詰めた袋をバスに積むのを手伝い、彼女はバス停から市場まで自分で荷物を運んで歩く。
ソ連時代の企業で会計士として30年間働き、その後さらに30年間、畑仕事を続けてきた。それでも現在受け取っている年金は、為替レート換算で月約80ドルにすぎない。
戦争が終わる日も、自分が露店を離れられる日も、彼女にはまだ見えない。
あまり深く考えないようにしているという。
「体が動く限り、ここに立ち続けます」

INPS Japan/ IPS UN Bureau Report
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