インタビュー

2026.08.23

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さんとある日のMiNiMUM鈴木由里さん。

「たくさんのことではなく、一つひとつをじっくり深く。そうすることで、心に響くものがきっと見つかる、と信じています」と鈴木由里さんは言う。また、「最小限の営みから生まれるお菓子の味わいや可能性が遠くまで広がっていってほしい、という願いもあって」とも。そして、その想いが「MiNiMUM(ミニマム)」というブランド名の理由でもある、と。

きょうも鈴木さんは、山形市内の山の麓にある、自分の手でカスタマイズして築きあげた小さな工房でひとり、いつもの焼き菓子を焼いている。リアルな店舗はない。あるのはオンラインストアだけ。そこに並ぶアイテムも情報もシンプル。綺麗なラインをした佇まいの美しい菓子が数種類あり、写真と解説と原材料が添えられているだけ。「前面に出るのはつくり手であるわたしではなく、お菓子そのもの。お客様それぞれの受け取りかたで受け取っていただき、それぞれの味わいかたで味わっていただく。それに委ねることを大事にしたいし、そこに面白さがあります」と言う。

そんなふうに、ふだんは自らの存在をなかなか表には出さないMiNiMUM鈴木さんの独特な仕事ぶりは、どのようにしてつくられたのか。そしてなぜ、生まれ育った仙台ではなくこの山形に暮らしているのか。お話を伺う。

自分の仕事を
自分に合わせてつくればいい

鈴木:素敵なお菓子屋さんが星の数ほどあるなかで、なぜわたしがお菓子をつくるのか、そして売るのか。それを考えなくてはお店をする意味がないと、まだMiNiMUMをはじめるまえから漠然と考えてきました。

いろいろなお店の食べ歩きもして、製菓学校での教科書どおりのお菓子づくりも学んできて、わたしが心惹かれるのは趣味のお菓子づくりの延長上にあるおいしさだと気づきました。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん

偶然できた失敗作のようで、なぜかすごくおいしいもの。ちょっと食べにくさがあるのに、それがかえっておいしさを掻き立てるもの。想像や記憶のなかにある風景や音、感触などの感覚がどこかに落とし込まれているもの。そういう、すこし不思議であたらしい気持ちになるような菓子づくりを大切にしたい、と思いました。

手づくりのお菓子と、プロのお菓子、その中間にいた自分の感覚がいまのMiNiMUMのお菓子をかたちづくっています。たとえば「RUM RAISIN BUTTER SAND」のバタークリームは、砂糖を全部溶かしきらずに粒のザラッとした食感が残っていたり。「COOKIES/Sugar & Butter」の生地には、遠く懐かしい記憶の蘇る感じを出したくて、少しほろ苦さの残る重曹を使ったり、というように。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん“朝靄の澄んだ空気や土の匂い、山に入っていく時の不思議な感覚、季節の移ろいや美しい景色もおいしいお菓子になる素材のひとつ。菓子作りの工程も、目を凝らし自然の様子に重ねていくと、おいしさに繋がっていく。それはとてもうれしい瞬間です。” MiNiMUM Instagramより。

料理にも、レストランから街の食堂までさまざまなスタイルがあるように、お菓子にもいろんなお店のかたちがあっていい。ましてお菓子は嗜好品で、ひとの好みはさまざまですから、菓子職人としての既定路線を踏んでなくても、自分の仕事を自分に合わせてつくればいい。そういう菓子店を考えればいいと、思い至りました。自分のことを理解しながらつくりつづけて、お菓子の精度を上げていく。日々向き合っていることでようやく見えてくる小さな変化のなかに潜むものを大切に、自分が納得のいくもの、自分が何度でも食べたいと思えるものをずっとつくりつづけたい、と。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん小さな工房の空間は、鈴木さん自身のDIYによって隅々までカスタマイズされながら日々成長していく。

さまざまな要望に応えられる地域のお菓子屋さんのようにはなれません。でも、つくりたいものがあって、届けたいものがある。どうすれば届けるべき人に届けられるだろうかと考え、オンライン販売をやりはじめました。やってみるとそのやり方は自分に合っていました。お客様を前にした咄嗟なやり取りでは伝えきれないことや瞬時には気づけなかったことなど、店頭販売ではなにかと消化不良になったり歯がゆさを感じたりしてしまうけれど、オンラインなら一人ひとりのお客様に行き届いた対応ができます。やりとりするお客様との距離感もほどくよく心地よいものがあります。

 

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さんMiNiMUMのオンラインショップ。写真は「RUM RAISIN BUTTER SAND」。

 

おいしいものに恵まれた環境で
生まれるものだからこそのおいしさを

鈴木:わたしの出身は宮城県仙台市で、山形に来た最初のきっかけは大学進学でした。県境のトンネルを抜けた先にある山形独特の文化や自然環境と、そこでできた友人に囲まれた学生生活には、それまでで一番自分らしくいられる実感がありました。卒業して仙台に戻ってからも山形をなんども訪れては、待っていてくれる友人がいろいろなところへ連れ出してくれ、そのたびに生き生きとした自分に戻れるような感覚がありました。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん

卒業後の仙台では百貨店に勤務し、退職してからは、東京の製菓学校へ週2回、仙台から夜行バスで通いました。学校が終わってからバスに乗るまでのあいだに菓子店を巡り、食べ歩きを重ねました。学校での学びを終えてからはフランスへ菓子巡りの旅に出て、帰国後は洋菓子店での研修を経てベーカリーの販売スタッフとして働き、後に店長となりました。そのうちに山形で働くチャンスがあり、そのときに山形への移住を決意しました。

勤務先であるセレクトショップではじめて職場としての山形を経験し、同僚の人たちや地域の人たちそして古くからの友人たちには共通する「粘り強さ」や「物腰の柔らかさ」「穏やかさ」があると気づき、これが山形の県民性なのではないか、と思いました。山形にはおいしい料理を出してくれるお店が多く、ハズレがないということも、そうした県民性の現れのひとつのように思えて、とても興味深く思えます。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さんクッキーの包装もシールのハンコを押すのも、一つひとつのすべてが手作業。それらの積み重ねで、繊細で美しいMiNiMUMらしい商品が仕上がってゆく。紙の包装作業には、かつて勤務した百貨店での経験が生きている。梱包にも、これまでの知識やアルバイトの経験を注ぎ込む。「いろんな出来事や経験が、あとになって繋がってくるのを感じます」。

移住したばかりの頃は、山形での豊かな生活も、景色が美しすぎる車通勤にも、いちいち感動してばかり。非日常の旅行気分から抜けきれず、朝の地下鉄ラッシュから解放されてこんなに贅沢な通勤をしていいのだろうか?と思ってしまうほどでした。

勤めていたセレクトショップを退職したのは、パンデミックがはじまる直前のこと。ほどなくして世の中が外出自粛となった時期に、すこし途方に暮れながらお菓子をつくりはじめました。そのときに生まれたのが「COOKIES/Chamomile & mint」と「RUM RAISIN BUTTER SAND」の原形です。準備期間を経て、まもなくMiNiMUMをスタートさせました。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん「COOKIES/Chamomile & Mint」 “大地を踏みしめるように粗く砕いたヘーゼルナッツ、爽やかなミント、ふわりと香るカモミール。そこに微かにピリリと白胡椒を効かせて焼き上げました。大自然の草原を思い切り駆け回るようなイメージのクッキーです。”  写真テキストともにMiNiMUMオンラインショップより

こうしてわたしは、山形を通して出会った人々の存在や支えのおかげでMiNiMUMという自分の店をはじめることができ、そして現在まで継続できている、ということを実感しています。自分と山形との長い時間や、山形で出会った一人ひとりとの関係があったからこそ、できたものだと。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん

これまで、社会人としてさまざまな場所で働くなか、いつも責任あるポジションを任せてもらえるものの、そのたびにいつしか自分の本当にやりたかったことは後回し。そして求められる期待に応えようと頑張りすぎて身体を壊したり、燃え尽きたりして、組織の歯車としては結局うまく回れず、なにも成し得ない自分を感じて落ち込み、ネガティブになることを繰り返してきました。それで、ある時期から「もうそんな思いを繰り返すくらいなら、逆に自分に合わせた働き方というものをいちど本気で自分でつくってみよう」と思うようになりました。

西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』、そしてジュリア・キャメロンの『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』という2冊の本との出会いも大きなきっかけになりました。ここに書かれているような、自分を生かして生きる生き方というものを、自分なりに試してみよう、と思いました。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん

そうして、進んだり戻ったり、行ったり来たりしながら、なんとか現在にたどり着いた、という感じです。

MiNiMUMという自分の仕事をつくることを実際にやってみたことで、見えてきたことがいっぱいあります。やってはみたけどうまくいかないこともありますが、それは案外スッと受け入れられるというか、「うん、そうか」と自分で納得して自分の糧にできるもの。それは、組織や職場の中で受けるダメージとはまったく違います。ああ、やっぱりやってよかった、試してみてよかった、と心から思っています。

どんなときにも、山形という存在が広い心で自分の気持ちを受けとめてくれていたようにも思えますし、山形の自然、見るもの、感じるもの、食べるもの、暮らしのすべてが今の自分をつくっているとも感じます。良い環境でおいしいものを食べて育つ鶏の生んだ卵がおいしいのと同じように、そういう暮らしのなかでこそ、お菓子もきっといいものができる、と思います。

MiNiMUMのお菓子づくりと仕事づくり、そして山形 / 鈴木由里さん

MiNiMUM
Instagram 
Online store 
「この山道を行きし人あり」(委託販売先)

 

Photo 布施果歩(Strobelight)
Text 那須ミノル(Bside)

Share.