『だからわかる 新・古代史』3

だからわかる 新・古代史

2026/07/23/ 07:00

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『だからわかる 新・古代史』では、日本列島の始まりから平安初期まで、考古学や歴史学でわかった新事実を詳説している/写真はイメージです(iStock)
『だからわかる 新・古代史』では、日本列島の始まりから平安初期まで、考古学や歴史学でわかった新事実を詳説している/写真はイメージです(iStock)
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 現在、世界には約80億の人間が暮らしている。その共通の祖先であるホモ・サピエンスは、アフリカ大陸で誕生した後、どのように世界中へ広がっていったのか。そして、日本列島にはいつ、どのようなルートで人類がたどり着いたのか。近年の研究では、かつて「縄文人の祖先」と考えられていた港川人についても、新たな見方が示されている。『だからわかる 新・古代史』(監修・伊藤賀一/編集・かみゆ歴史編集部)から一部編集して、人類の拡散の歴史と、日本人のルーツをめぐる最新研究を紹介したい。

【イラスト】「新人」の拡散ルートを地図でわかりやすく見る!

*  *  *

各地へ旅立った現生人類

 人間の遠い祖先と呼ばれる猿人(えんじん)が誕生したのはおよそ700万年前のことだ。彼らは直立歩行を行い簡単な道具も使ったという。徐々に進化し、250万年前には火を使用する原人(げんじん)が現れ、50万年前にはネアンデルタール人に代表される旧人が登場する。そしておよそ30〜25万年前、アフリカ大陸で新人(ホモ・サピエンス)が誕生した。

 新人はおよそ6万年前に故郷であるアフリカ大陸を離れ、ユーラシア大陸へ移動を開始。数万年をかけて世界各地へ拡散していく。現代人に旧人のDNAの痕跡があることから、この過程で旧人のネアンデルタール人と交雑していた可能性が高いとされる。

かつては、世界に進出した原人が各地でそのまま新人になったと考える「多地域進化説」が主流だったが、近年は、アフリカで誕生した新人が各地に広がったとする「アフリカ単一起源説」が有力だ/『だからわかる 新・古代史』より/図版 ウエイド
かつては、世界に進出した原人が各地でそのまま新人になったと考える「多地域進化説」が主流だったが、近年は、アフリカで誕生した新人が各地に広がったとする「アフリカ単一起源説」が有力だ/『だからわかる 新・古代史』より/図版 ウエイド

長い旅の末、日本へ到達

 当時の地球は氷期にあたり、海水面は今より100mほど低かった。それは日本も例外ではなく、サハリンと北海道は陸続きで、日本海も陸地が広がっていた。そのため、アジアへ到達した新人は、食糧となる大型の獣を追って3万8000年前頃に日本列島へ流入。陸続きだったシベリアを通って北海道へという「北方ルート」、最寒冷期には幅数キロの海峡となっていた対馬海峡を通る「対馬ルート」、台湾やフィリピン方面から海流に乗って琉球諸島や南九州にたどり着いた「南方ルート」の3ルートが想定され、単一の集団ではなく様々な集団が各地から渡ってきたと思われる。

 1970年には沖縄本島で、1万8000年前の人骨化石が発見された。「港川1号人骨」と名付けられたこの人骨は全身が揃っていたことで、顔や体を復元することができた。結果、体格はやや小柄で顎が発達した旧石器時代人の姿が見えてきた。長らく縄文人の祖先とされてきたが、最近の研究では東南アジアなど南地域の先住民に近く、縄文人の直接の祖先とはいえないと指摘されている。

【AERA Books MEMO】

■『だからわかる 新・古代史』(監修・伊藤賀一/編集・かみゆ歴史編集部)

 DNA分析など最新科学技術でわかった日本の昔の姿を、日本人のルーツから平安初期まで一挙解説!グラフやチャート、復元イラストなどオールカラー資料が豊富な、古代史入門書の決定版。大人の学び直しにも。

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