【動画】岩手県立福岡高校の応援団が、野球部応援のために盛岡まで歩く伝統の「80キロ行軍」を行った=長野剛撮影

 野球漫画の古典「ドカベン」には、岩手から甲子園に歩いていく弁慶高校というとんでもない代表校が登場する。作者の故・水島新司さんが参考にしたとされるのが、岩手県二戸市の県立福岡高校だ。応援団が地方大会の初戦、盛岡の球場まで徒歩で赴く伝統の「80キロ行軍」に54歳のオッサン記者が同行した。

 まずは予習、と2005年に福岡高校野球部「創部100周年記念誌」を書いた応援団OBの小船浩幸さん(64)を訪ねた。

 「福岡OBの漫画家、馬場のぼるさん(故人)が、水島さんに『お宅の学校の子、描いたからね』と言われた、と記しています。弁慶高校のルーツのひとつですね」と小船さん。なるほど~。

 なお、記録に残る最古の「行軍」は1939年。74年以降は恒例化し、毎年行われているという。

 そんな由緒正しい「行軍」。今年は、初戦の盛岡商戦前日の13日午前9時、盛岡市のきたぎんボールパークに向けてスタートした。

 参加は3年生団員だけに許される。その6人は古式ゆかしき風のボロ学生服やはかま姿で学校玄関前に集結。応援団OBや先生を前に校歌を斉唱して、いざ出発だ!

 チリンチリン、と腰につけたクマよけ鈴を鳴らしながら、二戸の街中を歩いていく……。

 と、ここで残念なお知らせをしなくてはいけない。クマ被害の頻発を受け、実は今年のコースは40キロに短縮した。途中まで歩き、帰宅。翌日、車で盛岡近郊に向かい、そこから再スタートする。

 「悔しいですね。やっぱり全部歩きたいです」。先頭を切る団長の大久保時空(ときあ)さんは残念そう。1年生の時から先輩に「行軍を乗り切れば、受験だって何だって越えられる根性がつく」と言われてきた。

 代わりに団員がそろえたのはゲタ。「靴の先輩もいたけど、今年は距離が短い分、ゲタ履きで貫徹したいとみんなで決めました」と、はかま姿の吉澤諒太さんが笑顔で教えてくれた。

 カランコロン、チリンチリン。しばらく行くと、「行軍」の音に気づいた89歳の女性が玄関から顔を出し、呼び止めた。

 「応援ありがとうねぇ。涙が出ちゃう」

 女性の弟は、かつて福岡野球部の監督だったとか。「これで何か食べて」とお札を差し出した。

 その瞬間、いきなり応援団顧問の菅野隆介先生(34)が現れ、女性に深々とお礼。先生、どこから来たんですか?

 「クマも含めていろいろありますからね」と、車に乗ってつかず離れず見守っていたのだ。お疲れ様です!

 なお半世紀近く前、OB小船さんが現役応援団員だったころは、学校非公認だった。「行ったら停学だ」と言われても行き、帰ったら校長室に応援団長が代表して謝りに行く。そうしたら「よし。反省文で許してやる」と。「お約束みたいなもの」だったとか。

 いや、時代ですなぁ。守護神のようにかいがいしい菅野先生の姿に、複雑な思いが去来した。

 ところで福岡は「古豪」だ。27年、夏の甲子園準々決勝で、日本球史初の満塁策でピンチを脱した逸話を持ち、校内にはその石碑もある。

 夏の甲子園は85年までに10回出場し、ユニホームのソックスにはその栄光を刻む10本の線が入る。

 知ってた?

 道中、大久保団長に聞いた。

 「もちろん。この夏に11本になります」

 でも今は、花巻東や盛岡大付の強豪私立が席巻する時代。それって可能?

 「昨日、AIに聞いたら、花巻東に勝てる可能性は10~15%でした。望みはあります。」。ちょっと前、選手たちは丸刈りにしたという。「気合入ってます」

 ハイテクと気合が同居する若者感覚が新鮮だ。

 などなど、小雨の中を歩くうちに、最初の休憩地点のコンビニに。トイレに行き、水分補給をして、さぁいくぞ。というタイミングで整列??

 「サンキューサンキューローソン、サンキューサンキューローソン」

 ここでまさかのエール。伝統らしい。

 雨が強くなる。

 「大丈夫。どうせ明日、何杯も水かぶるんだから」。大久保団長が声を上げる。

 応援では、点が入るたびにバケツにくんだ水をかぶるのが習わしだ。

 ただ、福岡も今年はシードだけど、相手の盛岡商も実力校だ。水、何度もかぶれるといいね。そんなことを思いながら、歩く。

 距離が20キロを越えたあたりか? ボロ学生服姿で歯が10センチほどあるゲタを履いた菅原碧惟(あおい)さんが「痛ってぇ~」と叫んだ。いつしか言葉数も減り、険しい表情の団員が増える。慣れないゲタに、土踏まずの筋肉が悲鳴を上げているらしい。

 でも菅原さんの悲鳴は1度だけ。

 「あんな声出してダサいな、と反省です。我慢した分だけ、気持ちが野球部に伝わると思う」

 晴れ間の見え始めた午後4時ごろ、6人は一戸町の産直施設に到着。初日25キロの行程を終えた。もちろん、締めは施設へのエール「サンキューサンキュー」だった。

 沿道に掲げられた「行軍」を応援する横断幕など、様々な好意に見守られた1日目。ただ、かつてはこの先は甘くなかったという。

 OB小船さんによれば、県都の強豪、盛岡一や盛岡商などのファンが増える岩手町付近から、好意的な視線に「がんばっても無駄」などの冷やかしの声が混じるようになった。なお、当時の夜は、駅などで野宿だった。

 さて、現代の後半戦はどうなる?

 2日目は、先生運転の車で盛岡市境に近い滝沢市のコンビニからスタート……。え、君たち、靴?

 「いや、試合に遅れないよう、時間を稼ぐことにしたんです」

 第1、第2試合に花巻東と盛岡大付。試合が早く進めば、仲間の出る第3試合が早まってしまう。

 5月まではバスケ部と剣道部のスポーツマンだった6人は当然、靴なら速い。昨日と違い、好意よりは不思議そうに見る目が増えた街で、歩みを急ぐ。

 二戸から掲げてきた「H」の旗が、盛岡の街にはためいた。福岡は「HUKUOKA」。「FUKUOKA」でないのは、江戸期に二戸で生まれた物理学者、田中館愛橘(たなかだてあいきつ)が考案した日本式ローマ字だからだ。

 今春、応援団は生徒会とともに校長先生に呼ばれ、「Fに変えたいか?」と聞かれた。大久保団長は否と答えた。福岡高生のプライドを乗せた「H」が県都に揺れる。

 10キロを2時間弱のハイペースで歩き、最後の6キロはゲタに履き替え。足裏の痛みに表情がゆがむ。言葉は少ない。

 球場に着いたのは、第2試合も終わりに近づいた頃だった。6人は十分な休息もなく、すぐに全校応援の指揮に。

 跳んだ。叫んだ。水をかぶった。野球部は九回裏2死一、三塁、サヨナラの危機をギリギリしのぎ、延長十回で薄氷の勝利。笑顔が爆発した。

 そもそも、なぜ、歩くことが応援になるのか? 最後の6キロ、無言ながら最もゲタの痛みに苦しんだ様子だった吉田煌(きら)さんは「行軍」の間、こう話していた。

 「つらい思いをする分、つらい試合を闘う選手と一緒になれる。『がんばれ』が伝わるはず」

 小雨交じりの試合後、晴れ間が見え始めた球場で聞いた。

 それ、伝わった?

 「絶対伝わりました!」

 優勝したら?

 「甲子園まで歩きます!」

 福岡は17日、昨年4強の久慈と対戦する。突破しても次戦は昨夏以来、県内では負け知らずの花巻東と対戦する可能性がある。

 だが、ともに歩いた仲間として、福岡応援団には次の事実を伝えたい。

 福岡高校と「行軍」でつながるドカベンの弁慶高校は、主人公所属の強豪、明訓高校を破った唯一の高校だ。

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