愛媛県松山市を拠点に活動する矢野青山建築設計事務所の矢野寿洋氏と青山えり子氏。BUNGANETでは不定期のシリーズで彼らの活動を追っている。この春、全国植樹祭式典において天皇皇后両陛下が着座される「お野立所」が完成したと聞き、見に行ってきた。(宮沢洋)
【取材協力:矢野青山建築設計事務所】
2026年5月17日(日)の第73回全国植樹祭の様子。BUNGA NETで天皇皇后両陛下の写真を掲載できる日が来るとは!(写真提供:愛媛県)
「お野立所(おのだてしょ)」という言葉をご存じだろうか。移動中の貴人(主に天皇陛下)が野外で休憩するための場所を昔からそう呼ぶのだそうだ。筆者(宮沢)がこの言葉を知ったのは、3年前に建築家の内藤廣氏が設計した第73回全国植樹祭のお野立所(岩手県陸前高田市の高田松原津波復興祈念公園)について、内藤氏から話を聞いたときだ。
毎年春に巡回開催される全国植樹祭では、天皇皇后両陛下が式典で着座されるお野立所を毎回新たなデザインで設置するならわしがあるという。仮設建築物なので、残念ながら内藤氏によるお野立所を実際に見ることはできなかった(写真を見たい人はこちらの記事を)。内藤氏を介してお野立所というものを知ったこともあり、大ベテランの建築家が設計するものなのだと思っていた。
2026年4月上旬、矢野青山建築設計事務所の2人から、「設計したお野立所がもうすぐ出来上がるので見に来ませんか」と声をかけられた。えっ、その若さでお野立所を依頼されたの? 実物が見られるの? ぜひっ!!と即答して見に行ってきた。
(イラスト:宮沢洋、以下も)
お野立所の前で。矢野青山建築設計事務所の矢野寿洋氏と担当者の西山琳氏(写真:特記以外は宮沢洋、5月12日に撮影)
愛媛県での植樹祭は60年ぶり。実際に両陛下が着座されたのは、5月17日(日)。冒頭の本番写真は借り写真で、筆者が現地を見たのはその5日前。式典の準備真っ最中の状況なので、筆者が撮影した写真がやや騒々しい感じなのはご容赦いただきたい(特記以外の写真は筆者の撮影)。その代わり、すみずみまで詳しく見ることができた。
愛媛県民なら誰もが知る「石鎚山」から着想
施設名は「第76回全国植樹祭お野立所」。2024年に設計者を選ぶ公募型プロポーザルが実施され、2024年11月、30件の応募の中から選ばれた。
北側上空から見る(写真:西川公朗)
プロポーザルの審査で重視されたのは、
①開催理念及び大会テーマを反映した、愛媛らしさのあるデザインであること。
②県産木材(CLT等を含む)を使用し、その魅力を発信できるデザインであること。
③安全な構造であり、天皇皇后両陛下への配慮がなされていること。
④工期短縮や工法、解体撤去の容易性などコスト縮減への配慮がなされていること。
⑤開催後、再利用をするにあたり有用な提案であること。
⑥業務の実施にあたっての必要な技術を有していること──など。
矢野青山はこんな評価で選ばれた。
「本県の自然を象徴する「石鎚山」を明瞭にイメージでき、三角形で森林資源の循環を表現する高いデザイン性を有している。構造材としてCLTを効果的に利用し、CLTを使った建築物の新たな可能性を示す提案である」
本サイトでこれまで紹介してきたように、矢野青山の2人は、県産の木材やCLTを使用した建築をいくつも手掛けてきた。それだけでも実績として有利だったと思うが、2人の提案は「石鎚山」というモチーフの選び方がうまかった。
「石鎚山」は「いしづちさん」と読む。愛媛県西条市と久万高原町にまたがる標高1982mの山で、四国の最高峰。古くから山岳信仰の霊峰として多くの修験者や登山者に親しまれている山で、実際に上ったことがなくても、愛媛県民の頭にはこんな絵↓が浮かぶという。

なるほど、左上が尖った屋根(壁)の形は誰がどう見ても石鎚山。これを「CLTを構造材としてつくる」と提案されたら、筆者が審査員であったとしても迷わずこれを選ぶ。
三角断面にすることで基礎を最小限に
ほぼプロポーザル時の提案通りに設計は進んだ。以下は、実施段階の設計資料からの引用だ。
◆石鎚山の威風堂々とした姿に着想を得た佇まい
県民に広く愛される威風堂々とした石鎚山の姿を取り入れたデザインとすることで、植樹祭の中心施設として、そして天皇皇后両陛下が御着座される建物として相応しい佇まいを実現します。
会場側(南側)から見る(写真:西川公朗)
◆森林資源の循環、愛媛の森林の豊かさを視覚的に表現
CLTと丸鋼によるシンプルな三角形で構成します。単純な三角形ではなく、各辺が少し伸び、丸鋼による空隙を持つことで、循環を表現します。各CLTはそれぞれ県産のスギ、ヒノキ、スギヒノキハイブリッドを使用し愛媛の森林資源の豊かさを視覚的に表現します。
現地で聞いた話を補足しよう。
見てのとおり、CLTと丸鋼によるシンプルな三角断面だ。三角柱ではなく、メガホンのように会場側に開いた形。CLT板と丸鋼を組み合わせたトラスを鋼製の基礎の上に置くことで全体を構成する。 CLTは、国内で製造可能な最大サイズが幅約3m×長さ約12m。現場への輸送に無理のないサイズが2.3m×12mであることから、これをできるだけ無駄なく生かす形を考えた。
真上から見る。下が会場(南)側(写真:西川公朗)
石鎚山のイメージと書いたが、もちろん三角形は構造的な安全性を重視した形でもある。柱・梁による構造やアーチ形状だと、接地部分に発生する水平方向の力に対して基礎で抵抗する必要がある。しかし三角形の断面形状ならば、上屋から基礎に基本的には積載荷重だけが伝達される。基礎に求められる性能を最小限に抑えることができるので、仮設建築物に向いている。

スギCLTは節のないスギ材を使用
CLTには県産材のスギ・ヒノキを使用した。壁(屋根)は向かって左(西)側がヒノキで、右(東)がスギ。ヒノキの方がスギよりも圧縮力に対して強いため、下から受け止める側にヒノキを使った。床はスギとヒノキのハイブリッドCLTだ。

スギCLTは節のない赤身のスギ材を集めてつくったもの。きれい過ぎてヒノキと区別がつきにくい。無節のヒノキはよく見るが、無節のスギはそうそう見ない。陛下が着座される建築ならではのハイグレードなCLTだ。

無節のこんな大きなスギの面を見ることは今後ないかもしれない…
CLTは、材料のスギ・ヒノキが愛媛県産だというだけではなく、CLTの加工自体も県内で行ったものだ。CLTの製造は愛媛県西条市のサイプレス・スナダヤで、CLT製造国内大手の1つだ。
CLT同士の接合は引きボルトを使用した。CLTと丸鋼の接合は通しプレートを用いて、片方はピン接合とし、もう一方はLSB(ラグスクリューボルト)を用いた半剛接合とした。意匠的にこだわったのは、向かって右側のスギCLT板を受けるL型のスチールプレート。施工上は内側に立ち上がり面(上向きの面)を置いた方が作業しやすいが、陛下の側にプレートをできるだけ見せたくないということで、立ち上がり面を外側にして固定した。
陛下の側にプレートをできるだけ見せたくないということで、立ち上がり面を外側に
構造設計は今回も平岩良之氏が率いる平岩構造計画が担当した。平岩氏は矢野氏と東京大学時代の同級生で、これまで矢野青山事務所のプロジェクトのほとんどの構造設計を手掛けている。
(写真:西川公朗)
「ほぼプロポーザル時の提案通り」と書いたが、いくつかプロポーザル後に変更した点もある。まず、建物の向き。当初は真西を向く配置だった。それがプロポーザルの条件だったためだが、午後開催の式典時間中、両陛下への直射日光が当たる状況を防ぐために、南東向きに変更された。結果的に、屋根の下から緑と空がよりきれいに見えるようになった。
建物内からの眺め
もう1つの変更点は、西側のヒノキCLTの壁の形。降雨角度30°を想定した際に御机に雨がかかるのを防ぐためと、招待席への視認を確保するための2つの理由から、会場側の足元を斜めにカットすることになった。これも、見え方の複雑さを増す方向に作用していて、結果的には良かったように思う。
西側から見ると、前方に飛び出す印象が強い
背景となる三角形の壁の支えには、壁をつくる際にカットしたCLTを用いた。右奥の階段なども同様。できるだけ部材に無駄が出ないように考えて使った

植樹祭のニュースでも印象的な見え方
実際の植樹祭の様子はこちら(南海放送のニュース)で動画が見られる。山のようなトンガリが記憶に残る。
建物は今年度中に解体される。具体的な行き先は決まっていないが、ここで使われたCLTは別の場所で再利用する予定だ。接着や釘打ちなどを避けて接合にLSBや引きボルトを使ったのは、CLTを「版」のまま使いやすくするためだ。
ベンチなどに形を変えて使われるのももちろん良いことだとは思うが、せっかくの無節のCLT、このままの形でどこかに移設されないものか、と思ってしまう。これは筆者の独り言である。
(写真:西川公朗)
次回は、お野立所と並行して矢野青山の2人が取り組んだCLT建築を3つまとめて紹介する。
建設地は愛媛県総合運動公園の多目的広場(案内図の赤丸部分).。次回に取り上げる建築の1つは、右上の「とべ動物園」にある
(愛媛発・矢野青山の挑戦07:6月8日の週に公開予定)
矢野寿洋(やの・としひろ、右)。1981年愛媛県生まれ。2004年東京大学工学部建築学科卒業。2006年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2006~2013年新居千秋都市建築設計、東京大学生産技術研究所。2013年矢野青山建築設計事務所設立。2025年~愛媛大学准教授。青山えり子(あおやま・えりこ、左)。1988年神奈川県生まれ。2011年日本大学芸術学部デザイン学科建築コース卒業。2012年~2015年中村高淑建築設計事務所。2013年矢野青山建築設計事務所設立(写真提供:矢野青山建築設計事務所)
■建築概要
第76回全国植樹祭お野立所
所在地:愛媛県松山市上野町(愛媛県総合運動公園内)
敷地面積:51万5361.88㎡
用途地域:市街化調整区域
防火地域:法22条区域
日影規制:指定なし
その他の地域:都市計画公園内
主要用途:観覧場(お野立所)
工事種別:新築
階数:地上1階
構造:木(CLT)造
建築面積:77.71㎡
延べ面積:80.44㎡
最高高さ:12.17m
耐火建築物の種類:その他
仕上げ:
屋根1:ヒノキCLT(5-5)WP A種(ガラス塗装)
屋根2:スギCLT(5-5)WP A種(ガラス塗装)
床:スギヒノキハイブリッドCLT(3-4)WP A種(ガラス塗装)
間仕切り壁:ヒメ合板 WP A種
鉄鋼部分:DP塗装
設計:矢野青山建築設計事務所
施工:大江工務
施工期間:2025年10月~2026年3月
■取材協力
株式会社 矢野青山建築設計事務所
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「愛媛発・矢野青山の挑戦」、まとめ記事はこちら↓。
