山梨県立美術館(甲府市)で、「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」が6月21日まで開催されています。
インドの代表的な染織品である更紗。木綿という優れた機能を持ちながらも染色の難しい素材に、天然染料の茜や藍を用いて複雑な文様を色鮮やかに、そして堅牢に染め上げる職人の技術は世界中の人々を魅了しました。更紗は古くから東南アジアやヨーロッパ諸国、日本においても高級品として重宝されるとともに、商人からの要望に応じて各国の好みに合わせた新しいデザインが生み出されるなど海を越えた文化交流の舞台にもなりました。
本展では世界屈指の染織品コレクターとして知られるカルン・タカール氏のコレクションを中心に、インド国内向けに作られた全長7.7メートルもの壮大な布からアジア・ヨーロッパ各地の趣味嗜好を反映させた多様な布、更紗をあしらった服飾品や室内装飾、茶道具に至るまでの優品の数々が紹介されます。インド更紗の魅力と歴史をぜひ堪能してみてはいかがでしょうか。
カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語
会場:山梨県立美術館(山梨県甲府市貢川1-4-27)
会期:2026年4月25日(土)~6月21日(日)
※会期中に一部の作品を展示替予定
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日
観覧料:一般 1,000円、大学生 500円(要学生証提示)
※高校生以下の児童・生徒、県内在住の65歳以上(要証明書提示)、障害者とその介護者(要障害者手帳提示)は無料
アクセス:JR甲府駅バスターミナル(南口)1番乗り場よりバスで約15分「山梨県立美術館」下車
詳細は、山梨県立美術館公式サイトまで。
本展の見どころ
1 カルン・タカール氏のインド更紗コレクションを日本初公開
カルン・タカール氏は1990年代後半から30年間にわたって、日本、インドネシア、スリランカ、タイ、ヨーロッパにおいて250点以上ものインド更紗を収集してきました。その逸品、優品揃いの稀有なコレクションは、14世紀から19世紀までのインド更紗の歴史と広がりをたどれるほどに充実しています。これまでイギリスやアメリカの美術館では展示されてきましたが、このたび初めて日本に巡回します。
《白地人物草花文様更紗儀礼用布》17-18世紀 南東インド スリランカで発見と伝わる
カルン・タカール氏(2010)Photo credit: Mathieu Hutin

カルン・タカール邸写真 Photo by Desmond Brambley
2 世界中を魅了するグローバル・プロダクトとしての更紗
力強いインドの美意識を内包した更紗は、世界中を魅了するグローバル・プロダクトとして流通し、数百年の時の流れのなかで各地のニーズに合わせて多種多様な変化を遂げていきました。アジア・ヨーロッパ各国の市場向けに作られたバリエーション豊富な更紗の数々は、インドの綿織物産業の豊かさと職人の創造性の高さを鮮やかに映し出しており、本展はそれらを一望できるまたとない機会となります。
《赤地立木形花樹文様更紗掛布(パランポア)》18世紀 南東インド海岸部、スリランカ市場向け
3 茶道具や刊本などを通じて、日本でも愛でられた更紗
インド更紗は日本にも渡り、人気を博します。茶道具の仕覆や掛軸の包裂など様々な用途に用いられ、日本の伝統文化に溶け込んでいきました。また実物だけでなく、更紗の図柄を多数掲載した刊本も登場したことで、より身近な存在として多くの人から愛されました。本展ではそれらの品々に加えて、インド更紗をまねて日本で描かれたと考えられる更紗も展示し、日本での受容の様相にも迫ります。
展覧会構成
第1章 インド地域の更紗
本章では、インド地域内での使用を目的に制作された更紗を展示します。インド更紗はグローバル・プロダクトとして世界中の人々を魅了しましたが、同時にインド地域内の需要にも応えてきた長い歴史も有しています。手描きあるいは木版によって木綿布に文様を施す技法はインド各地で数百年にわたって伝えられ、裕福な領主層たちは室内装飾用として、繊細な線や精緻な染めの技術を駆使した上質な更紗を注文しました。
一方で、より広く国民に普及していたのは、比較的単純な染色技法でヒンドゥー教の物語図を描いた寺院用の掛布でした。これらの布は、村で語り部が物語をする際や、お祭りなどでの背景画として用いられました。9世紀南インドの詩聖人マニッカヴァカカルの人生譚を描いた全長7.7メートルもの長大な布《白地マニッカヴァカカル物語図更紗掛布》は、ヒンドゥー教のシヴァ神を信奉する詩聖人の旅の様子や、シヴァ神の化身であるトリプランタカがアスラ族の3つの都市を破壊する物語など、40以上もの場面が三段構造で描かれています。
《白地マニッカヴァカカル物語図更紗掛布》(部分)18世紀、南東インド、スリランカで発見と伝わる
第2章 初期アジア貿易の更紗
本章では、インドネシアを中心に東南アジア向けの代表的な更紗が揃います。インドネシアのスラウェシ島やスマトラ島では、インドから舶載された大きなサイズの更紗が多く発見されています。それらは主に儀礼の際に高所から吊るされたり、腰にまとう布として用いられたりしました。《白地太陽文様更紗儀礼用布(マタハリ)》には、オフホワイトの地を背景に、外に向かって光線を放つ太陽が描かれています。こうした様式の布はインドネシアにおいて「マタハリ (太陽)」の名で知られており、家宝として大切に扱われました。2メートル四方を超える更紗が良い保存状態でそのまま現存していることが、その証左といえるでしょう。
スラウェシ島で発見された13世紀後半から14世紀前半の儀礼布の中には、エジプトのカイロ旧市街にあるフスタート遺跡から出土した10世紀頃の裂と類似した文様が見られるものもあります。インド由来の文様がアフリカ大陸と東南アジアで発見されていることから、当時すでに世界的な規模で文化の共有がなされていたことが見て取れます。
《白地人物文様更紗儀礼用布(マア)》 1450-1650年頃 グジャラート、インドネシア市場向け、スラウェシ島で発見
《白地太陽文様更紗儀礼用布(マタハリ)》18世紀後半あるいは19世紀 南東インド海岸部、インドネシア市場向け
第3章 ヨーロッパ向けの更紗
本章では、ヨーロッパにおける更紗受容の様相を紹介します。ヨーロッパ人は、当初は香辛料を輸入するために入手していたインド更紗の鮮やかな色彩の魅力と、肌触りよく水洗い可能な木綿布の機能性に魅了されました。更紗はヨーロッパで爆発的に流行し、その熱狂ぶりは、フランスやイギリスで自国の産業を守るためにインド更紗の輸入を禁じる法律が制定されるほどでした。
ヨーロッパでは花文様のデザインが特に好まれ、「パランポア」と呼ばれる室内装飾用の壁掛けやベッドカバーとして、またファッショナブルな衣装としてもてはやされました。白地に大輪の花を咲かせた立木と華やかな縁取りが施された《白地立木形花樹文様更紗掛布(パランポア)》は、その典型例ともいえる作品です。《白地草花文様更紗椅子用掛布》は、室内装飾用あるいは服地用の更紗を再利用して、フランスの家庭で仕立て上げられた椅子用カバーです。色も状態も良好で、高価な材料であるインド更紗が大切に使われたことを物語っています。
《白地立木形花樹文様更紗掛布(パランボア)》1740-50年頃、南東インド海岸部 ヨーロッパ市場向け
《白地草花文様更紗椅子用掛布》18世紀 南東インド海岸部、ヨーロッパ市場向け仕立て(フランス)
第4章 デザインのグローバル化とローカル化
本章では、地域や文化を越えてグローバルに展開した更紗が、それぞれの地域でローカル化されていく物語を辿ります。ヨーロッパ好みの花文様のデザインは、ヨーロッパ内のみならず異なる地域の消費者の嗜好にも影響を及ぼしました。スリランカやインドネシアで花文様の更紗が発見されていることは、その事実を雄弁に物語っています。またインド更紗を受容したヨーロッパ人は、やがて自前で更紗を生産するようになりました。《草花文様更紗ベッドセット》は、フランスで捺染(プリント)された更紗と、高価で貴重な18世紀のインド更紗が縦縞模様に縫い合わされたもので、インド更紗の受容から自国生産までの過程がひとつに詰まった貴重な作例となっています。
ヨーロッパ市場向けのインド更紗は、はるか遠くの日本にも渡ってきました。それらは着物や茶道具の仕覆、掛軸の包裂など様々な用途に用いられるとともに、小さな端切れすら「名物裂」として丁寧にアルバムに貼られ、大切にされました。オランダ市場向けに制作され、日本に伝来した《白地チューリップ虫文様更紗裂》の斬新な図柄は、「目新しさ」を求める日本人の心をきっと掴んで離さなかったことでしょう。
《草花文様更紗ベッドセット》白地更紗:18世紀、南東インド海岸部 濃紫および白地更紗:18世紀、イギリスまたはフランス(トワルパント) 縫製、絹縁取り (18世紀、ヨーロッパ)
《白地チューリップ虫文様更紗裂》 1700-30年頃 南東インド海岸部、オランダ市場向け 日本に伝来
数百年の時を超え、海を越えて、世界中の人々を虜にしてきたインド更紗。その眩いばかりの色彩と、職人たちの驚異的な手仕事が織りなす物語は、現代を生きる私たちの目にも新鮮な驚きと感動を与えてくれます。本展では、世界屈指のコレクター、カルン・タカール氏が情熱を傾けて収集した稀有なコレクションが日本に初上陸。ぜひ、この機会に世界中を魅了した至高の「グローバル・プロダクト」が紡ぎ出す壮大なドラマを堪能してみてはいかがでしょうか。(美術展ナビ)
