1週間前、JR秋田駅前の工事現場で地中から砲弾が見つかりました。

周辺への立ち入りが規制され、現場は一時騒然となりました。

なぜ秋田市の中心部で砲弾が見つかったのか、秋田駅周辺などの歴史に詳しい男性と背景を探りました。

1週間前の夜、JR秋田駅にほど近い秋田市千秋久保田町の解体工事現場の地中から砲弾が見つかりました。

見つかった砲弾は長さ約30センチ、直径は10センチほど。

信管はなく爆発の恐れはないとして警察が回収しました。

けがをした人はいませんでした。

なぜ秋田駅前の地中に砲弾が埋まっていたのか。

秋田駅周辺などの歴史に詳しい柳山努さん。

土地や建物、道の形状から歴史を紐解く団体、秋田スリバチ学会の代表を務めています。

柳山努さん
「ここはですね、多分あのマンションくらいの部分まで堀があったんですよ。ずっと向こう側高くなっているじゃないですか、あれに沿ってず~っと堀が続いていて今の千秋トンネルのあたりまでつながっていたんですよ」

こちらは、国土地理院の標高データをもとに柳山さんが作成した地形図です。

先週、砲弾が見つかったのはこのあたり。

柳山さんは、少なくとも太平洋戦争が終わった1945年ごろまではここが堀だったと分析しています。

柳山さん
「その脇に多分この歩道くらいの幅だと思うんですけれど道があって、手形にあった陸軍の練兵場まで続いていたんで、駅の向こう側、今百貨店ですとかホテルが建っているあたりから向こう側まで陸軍の十七連隊というのがありまして、その兵隊さんが生活する場所ですね、これがあったんですよ。んでその陸軍の兵隊さんが多分この道を使って練兵場へ行って訓練をしていたんじゃないか」

歩兵第十七連隊とは、明治の後期から半世紀ほどにわたって県内で組織されていた陸軍の部隊です。

拠点が置かれていたのは、現在のJR秋田駅前。

秋田大学のグラウンド周辺には練兵場と呼ばれる訓練を行う敷地があり、その間でなるべく平坦な道を兵士たちが往復していたと柳山さんはみています。

柳山さん
「砲弾を運んでいて、大八車かトラックかわかりませんけど当時道も相当悪かったでしょうから、ガタンとものすごい石か何かに跳ね上がってついでに(砲弾が)落ちちゃった可能性もあるかなと思っています」

訓練に使われていたとみられるのが爆発装置の信管や火薬がない砲弾です。

今回見つかった砲弾にも信管はありませんでした。

柴田光太郎アナウンサー
「去年は楢山でも不発弾が見つかっていますが」
柳山さん
「最初8発見つかって、それから41発続いて見つかっています。それだけの大砲の弾がうっかり(落ちた)というのは考えにくいですし、そもそも太平川周辺では陸軍の施設なんてないですから、練兵場もないし、うっかり落としたというよりは意図的に捨てたんじゃないか」

秋田駅周辺には江戸時代末期に秋田藩が整備した大砲などの訓練場もありました。

戦時中の砲弾はほかにも眠っているかもしれません。

柳山さん
「訓練用の砲弾だったり、旧軍の良心として信管を外して捨てているはずですから、そんなに危ないことはないかな。ただ、ちょっと懸念されるのは土崎方面で万が一不発弾が見つかった場合は、これは米軍の空襲の名残とも考えられますから気を付ける必要があるかなと思います」

警察は、砲弾のようなものを見つけた際は触れずにすみやかに通報するよう呼びかけています。

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今回、取材に協力してくれた柳山さんが代表を務める秋田スリバチ学会では、定期的に街歩きイベントを開き、戦時中の歴史などを紐解いています。

今月17日日曜日には去年砲弾が見つかった、秋田市の太平川沿いで開催することにしています。

※5月14日午後6時15分のABS news every.でお伝えします

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