インドの大都市ムンバイを舞台に、世代も境遇も異なる3人の女性のシスターフッドを描いた話題の映画『私たちが光と想うすべて』が7月25日に全国公開される。
インド映画といえば、歌やダンスやド派手なアクションを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、今作が初の長編劇映画となった新鋭パヤル・カパーリヤー監督は、心地よいピアノの音色が寄り添うロマンティックな映像を通して、女性たちの心の機微を繊細に表現した。
そして誕生した『私たちが光と想うすべて』は、『バービー』(2023)で世界中の女性たちを勇気づけたグレタ・ガーウィグ監督が審査委員長を務めた第77回カンヌ国際映画祭にて、インド映画史上初となるグランプリを受賞。日本から審査員として参加した是枝裕和監督も絶賛し、その後も数々の映画賞に輝いている。
FUZEでは、今作の字幕翻訳を担当した藤井美佳さんにインタビューを実施。世界一の人口大国であり、多民族、多言語、多宗教国家のインドから今作が誕生した背景や、インドの最新カルチャーについて、たっぷりと伺った。
Image: © PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024
──長年にわたって数々のインド映画の字幕翻訳を担当されていますが、ヒンディー語は大学で勉強されたそうですね。学生の頃からインド文化に興味があったのですか?
藤井:もともと映画が好きで、本当はフランス語科に入りたかったんです。一度は受験に失敗して、翌年は英語、フランス語、スペイン語以外の言語から選ぶことにしました。インドについては、中高の美術の先生から「世界一の映画大国だ」と聞いたことをうっすら覚えていたんです。また、当時は東ヨーロッパが大きく変化していた時代で、ミラン・クンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』が翻訳され、私は映画も観ていたので、チェコにも憧れていました。どうしようかなと迷っていた時に、やっぱり映画の仕事がしたいと思って、ヒンディー語を選びました。
──字幕翻訳者になったきっかけは?
藤井:当初はインド映画の字幕は考えていなかったので、翻訳学校で洋画字幕のコースを受けました。修了時に検定のような試験があり、私の字幕を見てくれた外部の制作会社の方が、最初の仕事をくださったんです。私は高校時代にアメリカへ交換留学した経験があり、聞き取りから翻訳することができたので、音楽番組のインタビューの翻訳などを長い間担当していました。インド映画に関しては、映画祭ですとか、インド映画が好きな方が個人輸入して上映される機会などもあり、一年に一回くらいはヒンディー語作品の翻訳をすることもありました。
ただ、翻訳者はたくさんいるので、最初の10年くらいは厳しい道のりだなと感じていて、40歳までに字幕翻訳の世界から本当に求められないのであれば、きっぱり諦めようと思っていました。そんなことを考えているうちに日活さんがインド映画を4本購入されて、2本はアジア映画の研究者である松岡環さん、残りの2本を私が担当することになりました。それから徐々に今の流れにつながっていった感じです。ここ10年〜15年くらいですね。
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──日本でも大ヒットした映画『RRR』(2022)の字幕も担当されたそうですね。「ナートゥはご存知か?」などのセリフも話題となりましたが、インド映画の字幕翻訳で難しいと感じるところは?
藤井:『RRR』はテルグ語の映画で、北インドの言葉であるヒンディー語を勉強していた私には理解できないので、英語の台本から翻訳しています。物語の舞台は北インドなので、文化的な背景や人々のリアクションなどはわかるのですが、英語台本は実際に話されている言葉よりも情報量が少ないことが多く、痛い目に遭ったこともあるので、最終的にテルグ語の先生に確認していただく形を取っています。
「ナートゥはご存知か?」というセリフは、後から修正されたものではなく、私が最初に書いたものが採用されました。とはいえ、直さなくてはいけない部分もあって(笑)、そこが自分にとって馴染みのない言語のインド映画を手がける時の大変な部分です。
──インド映画というと、歌やダンスや派手なアクションというイメージでしたが、『私たちが光と想うすべて』はまったく異なる世界観の作品で驚きました。これはインド映画のトレンドの変化なのでしょうか? それとも、以前からこのようなタイプの作品も作られていたのですか?
藤井:リュミエール兄弟のシネマトグラフがムンバイで上映され、10年と経たずしてインド初の映画が制作され、上映されました。映画の誕生から時を経ずして入ってきた文化ですから、油絵などの他の芸術と違って、インド独自の進化を遂げることができたのだと思います。最初の映画は、当時人気だった舞台の形式を踏襲しており、歌やダンスなど、さまざまな要素を盛り込んだ作品が好まれました。
また、かつてイギリスの植民地だったインドでは、社会問題をテーマにした映画を制作する監督も出てきました。彼らの作る作品は「パラレルシネマ」とか「芸術映画」と呼ばれ、娯楽映画とは別の形で発展していきました。この2つのジャンルで言えば、『私たちが光と想うすべて』は芸術映画に分類されると思います。
ですが、インドは1991年の経済自由化を経験し、2000年までの間に多様な外国文化などが出入りする中で、北インドのヒンディー語映画界では、従来のような形の多くの要素を盛り込んだ典型的なスタイルの娯楽映画はなくなってきた印象です。南インドやその他の地域の映画は文化もルーツも異なるため、同じように語ることはできませんが。
娯楽映画は今も存在しますが、娯楽映画を撮ってきた監督が芸術映画のような作品を手がけたり、踊りのシーンではなく、歌をBGMとして流すだけになったりと、両者が交差するような形になってきているようです。たとえば『めぐり逢わせのお弁当』(2013)のような国際共同制作のインディペンデント系映画もあれば、大手の映画会社がオフビートの静かな作品を撮ることもあり、区別がつかなくなってきました。
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──世代の異なる3人の女性のシスターフッドを描いた『私たちが光と想うすべて』は、とても新鮮で、今の時代にぴったりな作品だと感じました。
藤井:パヤル・カパーリヤー監督は、とてもアーティスティックな環境で育った方のようです。自分のルーツに関連した映画を撮る監督は多くいますが、彼女の場合はそれにプラスして、育った環境も影響しているように思います。お母さんが現代アートの分野で著名なナリニ・マラニという方で、彼女は小さい時から絵に触れていました。お母さん自身も、当時のインドの女性としては珍しく、1970年代に奨学金を得てフランスに留学したそうです。彼女が浴びている文化や芸術が他の多くのインドの方とは違うような印象があり、だからこそ、このようなユニークな映画が誕生したのかなと思っています。
──インド国内では、今作はどのように受け止められていますか?
藤井:劇場数がそれほど多くなかったので、全国津々浦々で皆さんが観たというわけではないのですが、特に若い世代からは好意的に受け止められていました。批判的な意見があったとすれば、今のインドは超保守的な社会なので、たとえば女性の上半身が映るような表現を問題視する人もいたかもしれません。でも、それは一部の反応です。『RRR』のように爆発的な興行収入を記録したわけではないけれど、彼女は世界で評価されていますし、映画を愛好する人たちには高評価だったようです。
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──世界一の人口大国であり、多民族、多言語、多宗教の国家であるインドにおいて、誰もが共通して夢中になっているカルチャーはありますか?
藤井:インドにはカースト制度があり、さまざまな階層の人々が暮らしています。また、アメリカと同様に州ごとの権利や発言力が大きいため、共通する一つのカルチャーを語るのは難しいです。でも、端末の価格が安いので、スラムに住んでいる人々を含む大半の国民がスマートフォンを持っていて、ネットにアクセスできる環境があります。今ではSNSを通じて、誰もが無料で情報を発信できるので、たとえばミームを作って投稿したり、何かがバズるという現象も起きています。
そのようなコンテンツは多くの人が目にしているかもしれませんが、みんなが同じ気持ちで受け止めているかどうかは分かりません。インドでは、差別されている側の人口のほうが圧倒的に多いです。また、恵まれた環境にいる人々は、差別されている人の気持ちを理解できないわけではないけれど、無意識に彼らを見下している人もいるかもしれないし、自分たちの権利を渡したくないと思っている人もいるかもしれません。
──映画の中で、高層マンションの建設現場に「階級は特権です」と書かれた看板が出てくるシーンがありましたが、カースト制度による格差は、あんなに露骨に表現されているものなのですか?
藤井:カーストによる差別は憲法で禁止されているので、建前上「差別してはいけない」ということになっています。映画に登場するあの看板が本当に存在するかどうかはわかりませんが、ないとは言い切れないなとは思いました。実際に、敷地が塀で囲まれ、外部の人が自由に出入りできないような高層マンションが都会にはありますからね。
とはいえ、インドでは料理や掃除などをお手伝いさんに任せている家庭も多いため、使用人にもマンションに入ってもらう必要があります。ただ、出入りする際のセキュリティーは厳しいですし、私が特に生々しいなと思っているのは、エレベーターが「住人用」と「使用人用」に分かれていることです。ある意味では、アメリカで「黒人用」「白人用」と区別されていた時代のようだなと感じています。
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──居住権利組合の人々が、「私たちが作った街から、私たちを追い出すのか」と訴えるシーンは、現在の世界の分断や移民追放などのイメージと重なりました。インドも分断傾向にあるのでしょうか?
藤井:かつてのインドには、今のような形の分断はありませんでした。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒がお隣さんのように仲良く暮らしていたのですが、特に2014年に現在の政権が発足してから、イスラム教徒に対する嫌悪が煽られているように感じます。それから、カースト外に位置付けられる「ダリト」と呼ばれる人々に対しても、生理的な嫌悪感を示す人がいるようです。それは社会のごく一部の現象ですが、差別意識が存在しているのは事実だと思います。
あとは日本でも、「外国人が得をしている」といった意見を聞くことがありますよね。それと似たような構造がインドにもあって、クオータ制のように、教育や就職の場で一定の枠がダリトに割り当てられていることや、イスラム教徒や移民や避難民を受け入れることに対し、自分たちが享受すべき機会が奪われていると感じる人たちが一部いるようです。
特に今は分断を煽られているような社会ですから、たとえばこの映画ではアヌの恋人がイスラム教徒ですが、2人の恋愛は私たちが想像している以上にタブーなことなのです。絶対に知られてはいけないというか、多くの場合、2人とも殺されてしまいます。
──現在、移民によってミックスされたカルチャーが世界を席巻するなかで、テクノロジーやエンターテインメントの分野におけるインド人の活躍が注目されています。インドから海外に出て行く人は増えているのでしょうか?
藤井:昔から世界中のどこに行っても、「印僑」と呼ばれるインド人移民がいました。昨年フィンランドに行ったのですが、そこにもインド人移民がいて、あの暑い国に生まれた人が、すごい覚悟で移住したんだなと思いました。奨学金を得て研究者として渡航するエリートは昔からいました。エリートでなくても、勉強がすごくできる人なら、階層に関係なく勉学に励み、海外へ進学したり職に就いたりすることも可能です。また、海外で出稼ぎ労働をし、家族に送金するケースも多くあります。特権階級に限らず、さまざまな背景を持つ人々が世界中に広がっています。
今回の作品だと、ケーララ州の看護師たちもその一例と言えると思います。ケーララ州は他のどの州とも異なり、識字率が非常に高く、ほとんどの人が読み書きができます。ケーララの看護師は有能で英語を話すことができるため、国内だけでなく海外で活躍する人もたくさんいるようです。
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──藤井さんが今、一番注目しているインドカルチャーは?
藤井:1990年代に南アジア出身のイギリス移民を中心とした音楽カルチャーが盛り上がっていました。イギリスで「エイジアン」というと、インドやパキスタン、南アジアのことを指すそうですが、当時、大学生だった私はコーナーショップの音楽を面白いなと思って聴いていました。電気グルーヴの石野卓球さんもかけていたと思うのですが、パンジャーブ語とクラブ音楽をミックスしたようなスタイルです。インドの現地の人にどう響くかはわかりませんが、インド系移民にとっては「懐かしいな」「しゃれてる」と思うような音楽だったと思います。
今のインドの若者は、基本的にヒップホップを聴いている印象です。昔はインド映画がトレンドの発信源だった時代もありました。ファッションも映画の影響が強かったですね…30年前とか(笑)。でも、日本でもそうだと思うんですけど、やっぱりアンダーグラウンドのカルチャーのほうがかっこいいんですよね。15年ほど前、スポーツイベントで来日したインドの中学生と知り合ったのですが、男の子も女の子もみんなラップしか聴いていませんでした。
当時はアメリカのラップが中心でしたが、今ではインドにもたくさんのラッパーが誕生しています。彼らが出演した『ガリーボーイ』(2019)という映画もあるんですけど、生まれた場所は全然恵まれていない、お金持ちでもなんでもないインディーズのラッパーたちが男女問わず登場して、今も活躍しているし人気があります。私自身はラップを常に聴いているわけではないですが、うまいこと言うからけっこう好きなんです(笑)。インド人ラッパーは、今どれを聴いても面白いんじゃないかなと思います。
──彼らは母語でラップするんですか?
藤井:そうです、それぞれの言語で。今のトレンドは映画もそうですけど、「自分たちの言葉」で発信することが主流になってきています。インターネットの普及によって、そうした発信がいろんな人に届くようになりました。英語ができると確かにかっこいいかもしれないけれど、それ以上に「自分たちの言葉を、自分たちのものとして発信しているものを聴きたい」という気持ちがあるのかもしれません。それぞれが熱い感じで盛り上がっていて、そういう傾向が面白いなと思っています。
あとは、インドではメタルやハードロックも人気があります。フジロックに出演したバンドもいると聞いて、それはすごいなと思いました。ブラッディウッドというバンドなのですが、インドのメタルを調べている人が日本にもいて、それをまとめた本(『デスメタルインディア』 水科哲哉著/パブリブ)も出版されているんですよ。
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──最後に、『私たちが光と想うすべて』を楽しみにしている映画ファンに、字幕翻訳者として注目してほしいことはありますか?
藤井:先ほどお話ししたことと重なりますが、大きな声で発せられる言葉は届きやすいものです。今の世界と同様に、インドも右傾化が進み、社会全体がとてもマッチョで窮屈な感じなんですね。そんな中でも、自分たちの言葉で自分たちの世界を語る人が、こんなにもいるということを、この映画を通して感じてもらえたらうれしいです。そして、ささやかな声——ささやき声ぐらいにしか聞こえないような言葉や世界にも、耳を澄ませてもらえたらいいかなと思います。
藤井美佳:
大学でヒンディー語を専攻し、卒業後に字幕翻訳の道へ。代表作に『バーフバリ』シリーズ、『ガリーボーイ』、『RRR』など。近作は『私たちが光りと思うすべて』、『マーヴィーラン』など。初めて書籍翻訳を手がけた『砂の境界』(ギーターンジャリ・シュリー著/エトセトラブックス)が4月2日より発売中。
『私たちが光と想うすべて』
監督・脚本:パヤル・カパーリヤー
出演:カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム
原題:All We Imagine as Light/2024年/フランス、インド、オランダ、ルクセンブルク/マラヤーラム語、ヒンディー語/118分/1.66:1/字幕:藤井美佳/配給:セテラ・インターナショナル PG12
公式サイト: watahika.com
公式X: https://x.com/Watahika_cinema
© PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024
7/25(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
『何も知らない夜』
『私たちが光と想うすべて』の公開を記念して、パヤル・カパーリヤー監督が手がけた初長編ドキュメンタリー『何も知らない夜』(2021)が8月8日より期間限定公開されることが決定!
Video: セテラ ・インターナショナル 公式 / YouTube
監督&脚本:パヤル・カパーリヤ-『私たちが光と想うすべて』
撮影&編集:ラナビル・ダス 音楽:ドリティマン・ダス(Topshe)
手紙の朗読:ブーミシュタ・ダス
原題:A Night of Knowing Nothing /2021 年/フランス、インド/ヒンディー語、ベンガル語/103分/1.33:1/パートカラー/字幕:藤井美佳/配給:セテラ・インターナショナル
©Petit Chaos – 2021 www.naniyoru.com
8月8日(金)より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか限定公開
