
今年も来季の加入内定が順次発表されている通り、ロアッソ熊本は近年、将来性のある大卒新人の選手を積極的に獲得している。過去にはネームバリューのある日本代表経験者を目玉に補強してきた時期もあるため、2018年のJ3降格を境にそうした方針にシフトしてきた印象だが、実は「ロッソ熊本」の名前でクラブが発足した2005年当時も、6人の大卒ルーキーとJクラブのアカデミー出身選手1人が名を連ねる、平均年齢24.5歳の若いチームだった。
駒澤大学から同期3人と共に加入して4年間在籍し、現在はトヨタ系列の株式会社KINTOでマーケティング部主任を務める鈴木祐輔さんもその1人。9月初旬、球磨郡水上村で行われた契約者を対象としたキャンプイベントのために来熊した鈴木さんに、加入当時の思い出や熊本を離れてからの歩みについて聞いた。
駒澤大の秋田監督が「ねじ込んでくれた」
鈴木さんが熊本に来たのは、駒澤大学を卒業した2005年のこと。GK太洋一、MF大瀬良直人、MF関光博という駒大の同期3人のほか、東洋大のFW高部聖、日本文理大のMF河野健一、そして柏ユースから18歳のMF遠藤真仁と新卒の若い選手も多かったものの、Jリーグがスタートしてまだ10数年しか経っていない時期。いくらプロ待遇とは言え、本当にJリーグに上がれるのかどうか未知数の、地域リーグのクラブへの加入は、22歳の若者にとって人生を左右する大きな決断だったに違いない。
「僕は本当シンプルに、熊本からしかオファーがなかったんです。行くところがないからサッカーを辞めるっていうことは考えていなくて、就職活動も全くしていなかったので、声をかけてもらった場所があるなら行くっていう。でも、オファーをいただいたのはもう本当に最後の最後、インカレが終わった後だったと思うんですよ」
一緒に熊本でプロになった3人のほか、同期には中後雅喜、小林亮、1学年下にFW赤嶺真吾、宮崎大志郎、2学年下には原一樹や廣井友信、筑城和人、巻佑樹ら、錚々たる顔ぶれが揃う中、駒大ではキャプテンを務めた鈴木さん。だが、「4年の時は怪我が非常に多くて、正直、試合には安定して出られなかったし、パフォーマンス的に、あまりいいシーズンじゃなかった」と振り返る。
春にはFC東京のキャンプに参加し、シーズンが始まってからは湘南からも声がかかったというが、監督交代によってその話も立ち消えとなり、最後の大会となったインカレも、疲労骨折の負傷で立命館大と対戦した決勝戦だけのプレーになった。そのため、鈴木さん本人は、駒大の秋田浩一監督が「(熊本に)ねじ込んでくれたのかなと思います」という。
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